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資料解説
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西宮港は江戸時代中頃から宮水の搬出や清酒の積出港として栄え、1800年代には築洲も行われたものの西南の風波による土砂の堆積が多く、築洲はその防御施設とは言い難かった。第1次大戦以降近代工業の発展に伴い船舶が増え、港の改修が必然となり、昭和6年10月にようやく着手した。工事は江戸時代の築洲を除去し、新防潮堤を築造するとともに、浚渫の土砂により東川右岸(現朝凪町)に埋立地を造成するものだった。写真は札場筋の南端から埋立地に入り、式典と祝賀会会場となるテントを写す。札場筋沿道は国旗が掲揚され、入港した船は満艦飾、上空には飛行機、花火が打ち上げられ、市民の間にも高揚した空気が垣間見える。
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