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資料解説
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西宮港は江戸時代中頃から宮水の搬出や清酒の積出港として栄え、1800年代には築洲も行われ、兵庫津の補助港、風待湊としての役割を担った。しかし西南の風波による土砂の堆積が多く、築洲はその防御施設とは言い難かった。第1次大戦以降近代工業の発展に伴い船舶が増え、港の改修は焦眉の急であった。昭和3年、兵庫県がようやく立案し、昭和6年8月に起工、10月に着工した。工事の概要は江戸時代の築洲の除去、新防潮堤の築造、浚渫及び東川右岸(現朝凪町)を埋め立てるものだった。起工式は西波止町広場にて行われ、岡兵庫県知事、篠崎神戸税関長、八馬貴族院議員、県会議員、市会議員が参列し、その後祝賀会を甲子園ホテルで行った。
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