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資料解説
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上甲東園1丁目の住宅街を写しています。このあたりはかつて、芝川家の経営する果樹園でした。貿易商を営んでいた大阪の芝川家は、明治17年に甲東村の土地を入手します。しかし当時このあたりは砂礫混じりの赤土で、米作をするにも水を保たず、畑にするにも干ばつには耐えられないことから、果樹園として経営することになりました。現在の大阪府柏原市で初めて甲州ぶどうの栽培に成功した中野喜平氏を監督として迎え入れ、明治29年に甲東農園(後の甲東園)が開園します。甲東農園では次々と果樹や鑑賞樹の植え付けが行われました。昭和20年代後半になると、戦後の住宅不足等の情勢もあり、芝川家が設立した「百又株式会社」によってこの土地の住宅地開発がなされました。この「甲東園一団地」事業によりつくられた住宅街は街路と住宅が整然と配置され、今もなお閑静な住宅地としてその環境を保ち続けています。
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