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資料解説
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天正20年(1592)夏、北郷用水溝が武庫川の分流枝川を横切る地点の伏樋をめぐって、用水川上の瓦林村と川下の鳴尾村との間に水論が起きた。双方、隣村も加勢しての大乱闘となった。この事件を検視して、豊臣氏の奉行衆である徳善院(前田)玄以、増田長盛、長束正家が裁許を下し、北郷用水は従来通り鳴尾村の用水とすることが保証確認された。その後、前田玄以は改めて、瓦林村、鳴尾村の領主である石川伊賀守光重と佐々孫十郎に宛てて書状を発し、裁許の内容を守り、今後このようなことを起こさぬよう領民に言い付けるように指示した。本資料は、その内の佐々孫十郎に宛てたものである。「豊臣氏奉行衆裁許状」とあわせて、西宮市指定重要有形文化財(歴史資料)に指定されている。
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