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年号 |
西暦 |
事項文 |
関連 |
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明治元年五月二日
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1868/5/2
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大田原城の攻防戦で大田原藩校時習館焼失。
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本文
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2
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明治元年六月一四日
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1868/6/14
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真岡県成立し、市域の天領九か村が支配される。
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本文
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3
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明治元年九月二七日
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1868/9/27
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大田原藩兵、彦根・阿波・黒羽各藩と共に片府田に会津若松脱走兵と追撃戦を行う。
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本文 本文
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4
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明治元年一〇月一七日
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1868/10/17
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大田原藩主大田原鉎丸、天皇東幸のため初めて上京す。
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5
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明治元年一一月二一日
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1868/11/21
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大田原藩主飛騨守に任じ、従五位下に叙さる。
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6
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明治二年二月一五日
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1869/2/15
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佐久山福原氏白河民政取締役を解任される。
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7
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明治二年二月一五日
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1869/2/15
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日光県成立、市域の天領及び旗本領三六か村が支配される。
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本文
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8
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明治二年四月一〇日
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1869/4/10
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大田原藩主大田原勝清、版籍奉還を上申。
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本文
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9
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明治二年四月二二日
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1869/4/22
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大田原藩兵、黒羽・守山藩と共に、奥州須加川へ凶徒徘徊のため出兵する。
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10
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明治二年六月二日
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1869/6/2
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大田原藩戊辰の戦功により、朝廷より金五千両下賜される。佐久山福原氏五百両下賜。
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11
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明治二年六月一六日
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1869/6/16
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大田原藩藩政改革(執政・参政・公議人等)。
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本文
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12
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明治二年六月二二日
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1869/6/22
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大田原勝清、大田原藩知事に任命される。
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本文
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13
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明治二年七月
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1869/7
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大田原藩開拓計画を政府に提出する。
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14
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明治二年一〇月
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1869/10
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若松県下白岩水門警備のため、大田原藩兵出兵。
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15
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明治二年一〇月
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1869/10
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大田原藩主大田原勝清、藩校時習館を再興し、洞泉院に移す。
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本文
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16
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明治二年一一月一五日
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1869/11/15
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岡和久村ほか二八か村(天領、旗本領)に農民騒動が起る。
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17
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明治二年一一月二四日
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1869/11/24
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上石上村ほか一か村、塩谷郡下大貫村ほか五か村に農民一揆が起る。
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18
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明治二年
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1869
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○大田原藩札発行される。
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19
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明治三年二月
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1870/2
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大田原藩、検地開始。
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20
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明治三年八月
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1870/8
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大田原藩、藩制を改革する。
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本文
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21
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明治三年一〇月
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1870/10
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官札贋造をした領民五名を処刑。
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本文
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22
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明治四年七月一五日
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1871/7/15
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大田原県設置。
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23
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明治四年九月九日
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1871/9/9
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大田原勝清、朝旨を以つて上京す。
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本文
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24
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明治四年九月三〇日
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1871/9/30
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大田原藩兵二小隊余解除。
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本文
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25
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明治四年一一月一四日
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1871/11/14
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大田原県、宇都宮県に合併。
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本文
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26
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明治四年一一月
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1871/11
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大田原藩校時習館、閉校となる。
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本文 本文
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27
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明治四年
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1871
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○大田原藩検地終る。
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本文
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28
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明治四年
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1871
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○大田原藩士北条諒斉種痘の必要性をとき、県に建言書を提出する。
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29
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明治五年七月一日
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1872/7/1
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大田原・佐久山郵便御用取扱所創設
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30
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明治五年一一月四日
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1872/11/4
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宇田川・上沼・小種島・三色手の四か村と荻の目村との秣場争論発生(明治一〇・七示談成立)。
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本文 本文
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31
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明治五年
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1872
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○牧畜共同会社を創設、事務所を親園におく。
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本文
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32
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明治六年三月一〇日
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1873/3/10
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佐久山福原に地券取調出張所を設置。
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本文
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33
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明治六年六月一五日
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1873/6/15
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宇都宮県を廃し、栃木県に合併。
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本文 本文
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34
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明治六年八月一一日
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1873/8/11
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大和久・赤瀬両村と片府田ほか四か村との秣場争論の境界確定。
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本文
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35
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明治七年三月一五日
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1874/3/15
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大田原警察掛出張所が設置される。
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本文
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36
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明治七年四月九日
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1874/4/9
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栃木県大田原支庁が、小泉(現若松町)に置かれる。
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本文 本文
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37
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明治七年四月一〇日
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1874/4/10
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奥沢小学校の前身、益才学校不退寺内に開校。
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38
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明治七年六月
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1874/6
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石上小の前身、鞠育学舎西光院内に開校。
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本文 本文
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39
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明治七年七月二五日
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1874/7/25
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宇田川小の前身、汎愛社成就院内に開校。
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本文 本文
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40
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明治七年九月
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1874/9
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親園小の前身、解迷舎薬王寺内に開校。
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本文 本文 本文
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41
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明治七年九月
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1874/9
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市野沢小の前身、添智学校宝積院内に開校。
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本文 本文
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42
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明治七年一一月
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1874/11
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大田原小の前身、大田原学校認可。
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本文 本文 本文
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43
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明治七年一一月二九日
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1874/11/29
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佐久山小の前身、咲山学校実相院内に開校。
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本文 本文
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44
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明治七年一二月
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1874/12
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金丸小の前身、金丸学校那須神社内に開校。
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本文 本文 本文
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45
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明治七年
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1874
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○牛馬牧畜協同会社を塩那産馬協同会社に改組。
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本文
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46
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明治八年一月
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1875/1
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大田原郵便御用取扱所を大田原郵便局と改称。
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本文
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47
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明治八年四月
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1875/4
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福原小の前身、永興寺内に開校。
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本文 本文
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48
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明治八年七月一日
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1875/7/1
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羽田小の前身、鍋掛日新羽田分校開校。
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本文 本文
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49
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明治八年八月
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1875/8
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栃木県大田原支庁舎上町に新築。
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50
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明治八年八月八日
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1875/8/8
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大田原警察掛出張所を大田原警察出張所と改称。
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本文
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