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堺市史 第七巻
((四一)大林宗套)
(四一)
大林
宗套 宗套、字は
大林
。【古嶽の法嗣】古嶽宗亘の法嗣である。,古嶽は
大林
に大德寺出世を勸めたが、
大林
は時未だ到らざるを理由として再三之を辭退した。,依つて
大林
は決心の臍を固め、【大德寺出世】上洛して大德寺に入り、(泉州龍山二師遺藁、
大林
和尚塔銘)天文五年二月綸旨,(
大林
和尚塔銘) 第十四圖版
大林
木像 第十四圖版
大林
木像 第十五圖版, 古岳偈文 第十五圖版 古岳偈文 第十六圖版
大林
偈文 第十六圖版
大林
偈文 / (四一)
大林
宗套
堺市史 第七巻
((一八八)武野安齋)
(澤庵禪師寂然塔銘)【
大林
和尚塔牌の寄進】又承應三年祖父紹鷗の一百年遠忌に當り、南宗寺の寺僧と相謀り、,其前年の承應二年十二月に、同寺の開山
大林
宗套の塔牌を寄進し、兼て紹鷗の追福を修した。,(
大林
和尚塔銘幷序及び同裏面之記事)歿年世壽は明かでない。
堺市史 第七巻
((三三)傳庵宗器)
(紫巖譜略)【古嶽の法嗣】京都の人で古嶽宗亘に嗣法し、
大林
宗套と同門である。,(紫巖譜略、泉州龍山二師遺藁、
大林
和尚塔銘幷序)世壽五十一。(紫巖譜略、龍寶山大德禪寺世譜)
堺市史 第七巻
((八一)津田宗達)
(數寄者名匠集)【
大林
に參禪】又
大林
宗套に參禪して、大通の道號を授與せられた。
堺市史 第七巻
((七九)武野紹鷗)
(七九)武野紹鷗 武野紹鷗名は仲材、幼名は吉野松菊丸、通稱は新五郞、(泉州龍山二師遺藁、
大林
和尚塔銘幷序裏書,(南坊錄、堺鑑下)【
大林
に參禪】又南宗寺に
大林
和尚に參禪し、(泉州龍山二師遺藁)天文十八年八月一閑の道號,(
大林
和尚筆一閑道號)今開口神社瑞祥閣の東傍に傳へて紹鷗の茶室と稱するものがあり、又大阪市の南郊住吉天下茶屋,(
大林
和尚塔銘幷序裏書、武德編年集成卷三、武野家系圖)或は云ふ、永祿元年十月二十九日と(紹鷗位牌)法號,(茶人系傳全集)【畫像贊】
大林
宗套の畫像偈贊に、「曾結彌陀無碍因、宗門更轉活機輪、料知茶味同禪味、吸盡松風未塵
堺市史 第七巻
((八)三好長慶)
、又十三日より三七日間に亙つて其養子義繼施主となり、【南宗寺の供養】南宗寺に於て莊嚴なる供養を行ひ、
大林
宗套其導師,京都市大德寺聚光院墓地) 第五圖版 三好長慶墓碑(京都市大德寺聚光院墓地) 長慶
大林
,是に於て、【南宗寺の創建】菴を改めて南宗寺と號し、
大林
を開山とし、三年五月開眼供養を行ひ、河泉の内三萬石,(
大林
和尚塔銘、南宗寺創建記(全堺詳志卷之上))
堺市史 第七巻
((七)安宅冬康)
(鑒定便覽)【冬康の參禪】又
大林
宗套に參禪して、禪要をも極めた。,(
大林
和尚塔銘)是より先き、天文二十四(弘治元)年二月堺顯本寺に宛て、同寺は海雲の位牌所で、寄宿の事は
堺市史 第七巻
((五七)一凍紹滴)
十六歳剃髮得度し、南宗寺に來つて、
大林
宗套に隨侍すること數年、祥首座の歿後は、【南宗寺駐錫】南宗寺に留,つて、
大林
の法嗣笑嶺宗訢に參し、苦行修練、禪要を究むること久しうして、天正十年八月遂に印可を得た。
堺市史 第七巻
((九四)空海)
)壯年の時、【茶道を能阿彌に學ぶ】茶湯を能阿彌に受け、後俗塵を厭ひ、剃髮して堺に居住し、空海と稱し、
大林
宗套
堺市史 第七巻
((三)三好元長)
(
大林
和尚塔錄)深く
大林
宗套に歸依し參禪の功を積んでゐる。
堺市史 第七巻
((一)南宗寺)
斯してこゝに
大林
宗套古嶽の鉗鎚を受け、古嶽の法嗣で宗套の法兄である傳庵宗器は、南宗菴の第二世となつたが,次いで同十一年正月
大林
和尚示寂し、笑嶺宗訢後を嗣いで第二世となつた。,爾後澤庵の年月の忌齋及び諸般の佛事は、總て始祖
大林
和尚同樣に扱つた。,(
大林
和尚塔銘幷序) 【東照宮社殿造營】開山堂の北方に隣して東照宮の廟がある。,、後奈良天皇綸旨一幅、
大林
和尚禪師號宸翰一幅、
大林
和尚筆偈一幅、同遺偈一幅、
大林
和尚書狀(圓光座元宛)
堺市史 第七巻
((四六)笑嶺宗訢)
後堺に下り、【南宗菴に抵る】南宗菴に入つて
大林
宗套に請益し、倍々精彩を加へ、終に其奧旨に達して印可を付與,父菩提の爲めに長慶の舊邸を捨てゝ大德寺内に聚光院を建立するに及び、開山第一祖となり、同十一年正月には
大林
和尚
堺市史 第七巻
((五〇)僊嶽宗洞)
雲英兩和尚畫像裏書、龍寶山祖師傳卷五)善三郞安光(呼雲齋宗臨居士)の弟である(谷氏系圖)十三歳出家、
大林
宗套
堺市史 第七巻
((八九)武野宗瓦)
(茶事談、茶人系傳全集)
大林
宗套に參禪し、法名を宗貞、道號を玉筠と稱した。
堺市史 第七巻
((七四)谷宗臨)
奧旨を傳へ、劍道、馬術をもよくし、(神國和歌正流血脈之卷)茶湯を千利休に學び、(數寄者名匠集)南宗寺の
大林
宗套
堺市史 第七巻
((三五)古嶽宗亘)
古嶽筆宗套名取狀)卽ち此偈文と宗套名取狀とを綜合して考ふるに、後繼者は其門弟で、共に此一小庵に起臥した
大林
宗套
堺市史 第七巻
((八五)津田宗及)
(茶事談、茶人系傳全集、龍光院文書)【參禪】
大林
宗套に參禪して、天信の道號を授與せられ幽更齋天信と號した
堺市史 第七巻
((七四)天倫宗忽)
然るに南宗寺は
大林
宗套の道場で、泉州の大伽藍たるに關はらず、甚しく頽廢してゐるので、同寺を復興せば、其福祉
堺市史 第七巻
((八四)千利休)
(堺數寄者の物語)次いで上洛して大德寺門前に住し、(任聽統譜)
大林
宗套に就いて禪旨を受け、法諱を受けた
堺市史 第七巻
(插入圖版目次)
・・・・・・・・五八 第十三圖版 春林偈文 (京都市黃梅院所藏)・・・・・・・・六九 第十四圖版
大林
木像,・・・・・・・・七一 第十五圖版 古嶽偈文 (堺市祥雲寺所藏)・・・・・・・・七二―七三 第十六圖版
大林
偈文
堺市史 第七巻
((一)南宗寺)
内部は瓦敷、正面壇上の中央に開山
大林
和尚、右方に中興開山澤庵和尚、左方に毘沙門天の木像を安置し、堂内左方
堺市史続編 第六巻
([お])
87 大浜青年団 2-247 大浜橋 2-654 大浜飛行場 2-582,589
大林
丈太郎, 3-417,462,547,554,872,3-52,55,57
大林
宗套 3-436,
大林
正雄 3-462 大原造船所 2-1056 大番舎人 1-297,298~301,
堺市史続編 第六巻
([た])
212,213,214 第四紀層 1-11 平正員 4-1370 内裏 5-926
大林
和尚
堺市史 第七巻
(目次)
・・・・・・・・六七 (三九)日現・・・・・・・・六八 (四〇)春林宗俶・・・・・・・・六九 (四一)
大林
宗套
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