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堺市立中央図書館/堺市史

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堺市史 第七巻 ((一)行基)

(一)行基 行基は和泉國大鳥郡家原の人、[日本靈異記に、越後頸城郡の人に作る](一乘山家原寺緣起、元亨釋書,、(一乘山家原寺緣起)大和の藥師寺に入り、新羅の僧慧基に就いて、瑜伽、唯識等を學び、(元亨釋書)名を行基,に從つて、其蘊奧を究め、慶雲元年父の菩提の爲めに、家原の居宅を喜捨して佛寺とし、(一乘山家原寺緣起、行基年譜,(行基大菩薩行狀記、行基年譜)都鄙到る處、歸依追從するもの數千人に達し、養老元年四月には嚴に行基及び其徒,(行基年譜)【堺に於ける開創の寺院】堺に於て行基の創造と稱へらるゝ寺院に、念佛寺、向泉寺、鹽穴寺、極樂寺 / (一)行基
堺市史続編 第六巻 ([第一編 古代])

 和田郷・上神郷の条里…166  土師郷(和泉)・大村郷・常陵郷の条里…166 第四章 行基,の事蹟の伝説   181 1 行基の事蹟   181  行基の誕生…181  行基の出家…183, 行基の造寺…184  大野寺土塔の造営…186  行基の土木事業…190  行基の,中央政界における動向…193 2 行基と伝説   196  行基と高石大工…196  行基と,須恵器…197  行基と井戸…197  行基と女性救済…198  第三節 仏教をめぐる国家
堺市史 第七巻 ((八)廢向泉寺)

【聖武天皇の勅願所】もと聖武天皇の勅願所、僧行基の開創と傳へ、天平十五年行基、金堂、講堂、鐘樓、樓門等,其境域は、攝、河、泉の三箇國に接するを以て三國山と號し、【寺號の由來】行基は堂宇創建の前、先づ阿伽井を,又この地三國の街路に當るを以て、行基伏屋一屋を建てゝ、旅人の休泊に便した。
堺市史 第七巻 ((一九)高渚寺址)

(一九)高渚寺址 【所在異説】行基開創と傳へてゐる高渚寺は堺の南方にあつた事だけは認められるが、其地點,【高渚寺と清淨土院】元來高渚寺は續日本紀光仁天皇寶龜四年十一月の條に初見し、行基年譜には其事を記さず僅,所謂清淨土院と高渚寺とが別寺か同寺かは硏究する餘地はあるが、清淨土院に高須塔と註し、清淨土院を記した行基年譜,若此類推が比較的正しとすれば、高渚寺の所在は清淨土院の所在を知れば足るのであるが、同院の所在は行基年譜
堺市史 第七巻 ((七)向井領井)

(七)向井領井 【所在】天平中行基向泉寺創立に際し閼伽井を祈つて得たと云はれてゐる向井領井は榎町土井牧場裏道,(口碑)今傍の標石には行基開鑿の由及び向泉寺の閼伽、方違、東原明神、向井王子、天王の三社用水に供すと記
堺市史 第七巻 ((一)鹽穴寺)

位置】新在家町東四丁字寺町にあり、【沿革】眞言宗御室派仁和寺派で、寺格三等格院、元明天皇の勅願所、僧行基,の開創と傳へ(光明山鹽穴寺緣起、堺鑑中)慶雲四年行基堺浦に來り、漁夫の爲に彌勒の土像を作り、假堂に安置,【本尊】同年八月天皇行基に勅して彼の十一面觀世音を遷して本尊とし、寺を勅願寺とせしめ給ふた。
堺市史 第七巻 ((二六)極樂寺)

【沿革】天平八年行基の開創と稱し(社寺明細帳)往昔境内法界引導碑石の邊に地藏堂を構へたが、(堺鑑中)嵯峨天皇,【本尊】本尊阿彌陀如來は行基の作と稱し(堺鑑中)【堂宇】本堂の外に辨天堂あり、境内は六百九十六坪を占めてゐる
堺市史 第七巻 ((一)廢高渚寺)

(一)廢高渚寺 【開創】高渚寺は僧行基の開創である。,續日本紀に和泉國高渚五院とあり、【位置】行基年譜に清淨土院(高渚)塔(十三層)和泉國大鳥郡葦田里にあり
堺市史 第七巻 ((三四)大心寺)

(社寺明細帳)【什寶】什寶に傳行基菩薩作地藏菩薩像一軀がある。
堺市史 第七巻 ((四〇)淨得寺)

俗稱海船御堂、【位置】錦之町東二丁字寺町にあり、眞宗大谷派本願寺末、寺格準二等別助音地に列せられ、【沿革】行基,として、【堂宇】本堂、庫裏、鐘樓、土藏、門を具へ、境内百四十四坪を有し、(社寺明細帳)【什寶】什寶に傳行基作迦羅佛一軀
堺市史 第七巻 ((七)向泉寺址)

(七)向泉寺址 【所在】行基の開創したと云はれる向泉寺址は市之町東五丁字向井領町にある。,其以前の創建地は現今榎町に空地として傳はり、其寺址區域中にある井戸は寺名起因となつた閼伽井と稱し、傳行基開鑿
堺市史 第七巻 ((一四)生善寺)

【沿革】僧行基の開基と傳へられ、天正四年五月覺譽了心の中興、文政十二年の再建である。
堺市史 第七巻 ((一五)四所三昧址)

(一五)四所三昧址 【四所三昧】行基の創設と傳ふる舊堺廻りの三昧卽ち葬場址は七道西町、田出井町、三國丘町,(堺全詳志)現在墓地内には行基菩薩と記した碑石を建てゝゐる。
堺市史 第七巻 ((三)發光院)

又傳行基作地藏菩薩木像一軀及び暹羅將來の降魔釋迦銅像一軀は臺座背面に裸婦の浮彫あり、【具足屋傳來の天道佛
堺市史続編 第六巻 (第二編 中世)

の鋳物師…450  神鳳寺遺品の曼茶羅図…453  法道寺の仏教絵画…455  家原寺の行基伝図
堺市史 第七巻 ((一)開口神社)

【別當念佛寺】是より先き、天平十八年聖武天皇の勅願により、僧行基を開基として、境内に社殿及び伽藍を建營,右彌陀を祀り、日光、月光兩菩薩、十二神將像を安置し、三重塔内には本尊大日及び四天主、齋堂には役行者、行基,瑞森の井上に堂宇を造り、傳行基所作の藥師を安置した。
堺市史 第七巻 ((三)方違神社)

(方違神社由緖調査書)  【別當向泉寺】別當向泉寺は行基の開創と傳へられ、永正年中兵火後、向井領町卽
堺市史 第七巻 ((一)大阿彌陀經寺)

(朱印狀)【鹽風呂】當寺には大町西六間筋に所屬の鹽風呂あり、(文化十年手鑑)傳へいふ、僧行基此浦の海濱
堺市史続編 第六巻 ([え])

久蔵院上棟札写   4-720  ――久蔵院長意   1-866  ――境内   4-788  ――の行基伝図
堺市史続編 第六巻 ([き])

経王寺(九間町)   4-872 教科書   1-1453,1455 教観法円   4-8 行基,――の土木事業   1-190~193  ――の墓   1-196  ――焼   1-197 行基菩薩
堺市史 第七巻 (目次)

・・・・・・・・一頁 第一章 黎明期(堺の濫觴より南北朝時代迄)・・・・・・・・一 僧侶 (一)行基
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