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第一編 人物誌
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第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一五五)林 松壽
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林松壽
諱は復、字は白圭、壽山と號した。【紀州切畑の人】紀州切畑の人、宗光の三男である。【經歷】【堺
大小路
に徒る】少壯上京して醫術を、吉益南涯に、經學を澤大方に學び、業成つて和歌山に開業したが、文政四年妻子を挈げて堺に徙り、(墓誌)
大小路
に住した。(左海人名錄)人と爲り、醇朴謹素、治療を施すに當り確に師説を實踐した。【墓所】文久三年正月十二日享年七十九歳を以て歿し、
千藏院
に葬つた。法諡を積善院仁山居士といふ。松壽亦國風を善くし、其所詠はよく知られてゐた。(墓誌)