遍照寺は光臺山と號し、【位置】櫛屋町東四丁字寺町にあり、淨土宗知恩院末、寺格能分八等。【開基】天正八年相蓮社信譽洞庫の開創である。(堺南北寺菴本末開基宗旨改帳)洞庫は安土宗論に際し貞安及び玉念の扣となつてゐる。(宗論記、堺市史蹟志料)其後高譽中興した。【本尊】本尊阿彌陀如來、【堂宇】本堂、庫裏、藥醫門あり、境内三百六十四坪。(社寺明細帳)【墓碑】墓地には上條柳盧、同柳居及び同家代々の墓碑、中興高譽の碑、山口厚庵明治の歌人高山慶孝等の墓碑がある。【什寶】什寶に傳聖德太子作觀世音菩薩像一軀、傳中將姫筆名號一幅、安土宗論の際信長より貞安に與へた陣羽織で作つた雪下裂の七條袈裟、曇華院宮より高譽に下賜せられた團扇等がある。