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解題・説明
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白峯寺七棟門を出て西寺に向かう道沿い左手に、二基の十三重の石塔がある。形状は似ているが、向かって左側の東塔は「弘安元年」(1278)、西塔には「元享四」(1324)の刻銘があり、鎌倉時代後期と末期に建てられたものである。 東塔は高さが5.9メートルであり花崗岩で出来ている。方2メートル、高さ42センチの壇上積み基壇の上に方98.5センチ、高さ38センチ、その四方、各中央に格狭間を刻んだ基礎を置いている。また、その上の塔身は方62センチ、高さ67センチの初重軸部の上に、上層の軸部を造り出した屋蓋を十三重に重ね、その上に一石造りの相輪を載せている。軸部正面(屋蓋の下)中央に径27センチ、深さ5センチの円い穴が穿たれて、納骨されていたことから、供養塔として建立されたものと考えられる。 西塔は高さ5.62メートルの角礫凝灰岩で出来ている。基壇は方2.02メートル、高さ48.3センチに板石を組み合わせ、上面にも板石を載せた箱形でその上の基礎は方98センチ、高さ48センチ、三方に二重に縁を廻らせて格狭間を刻むが、背面には無い。また、基礎内部は梯形の空洞となっている。初重軸部は方60センチ、高さ62センチで正面中央上部に縦19.6センチ、横22.4センチの方形の穴があり、その両端上下に、元来、扉を取り付けたと思われる釣り込み穴があり、軸部内部は空洞になっている。軸部背面には不動明王、左右の面にはコンガラ・セイタカの不動三尊の種子が薬硏彫で刻まれている。 この塔は、北の崇徳天皇陵に相対しており、崇徳院菩提のために建立されたとの説があるが、詳らかではない。
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