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解題・説明
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坂出市と宇多津町の境にある田尾坂の南に延びる小丘陵の山頂部に立地し、前方部を北に向けて築造された盛り前方後円墳である。 古墳が造営された頃には坂出市側も宇多津町側も麓まで海が迫っており、聖通寺山まで続く半島状の丘陵であったと思われる。貴重な古墳として坂出市では昭和32年1月11日に史跡に指定していた。 全長76.5メートル、後円部径38.2メートルで高さは5.5メートル、前方部は38.3メートル、高さ5メートル、幅32.9メートル、くびれ部幅は23.5メートルになる。現地形では前方部が先端近くで撥状に広がるものと思われる。しかし、地形の壊変があり詳細は不明である。前方部と後円部の一部にのみ3段の構築が確認できる。 後円部中央が凹んでいることから、主体部が盗掘されていると思われ、文久3年の銘のある鳥居と祠があることがそれを証左する。墳丘から円筒埴輪片、象形埴輪片が出土するが小片である。 近辺の古墳に、丸亀市吉岡神社古墳、坂出市川津茶臼山古墳、聖通寺山山頂北端の積石塚古墳があるが、内陸部の古墳に比べ、時代が下ると考えられ、古墳時代前期末の古墳と推定される。ここより東方の林田雌山山頂の積石前方後円墳との対比で、内海の勢力の動きを考えるのも興がある。
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