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新札幌市史 第5巻 通史5上
(新生札幌商工会議所の設立)
新生
札幌商工会議所
の設立 日本商工経済会が商工省に、公法人としての商工会議所の設立を建議したことは前述,二十一年八月二十一日
札商
の設立準備会が札幌市役所で開かれ、同年九月三日設立発起人会を経て、十月二十五日設立許可申請書,を提出、十二月四日
札商
は正式に設立認可された。,会頭に伊藤組社長の伊藤豊次、副会頭に前会頭の新田啓二郎と小谷義雄が選考され、新生
札幌商工会議所
が発足した,
札商
は「商工業界の与論を結集してその実現に努め、緊密な連絡協力に依て商工業者の利益を保護増進し、綜合的 / 新生
札幌商工会議所
の設立
新札幌市史 第5巻 通史5上
(札幌商工会議所から北海道商工経済会へ)
札幌商工会議所
から北海道商工経済会へ 昭和三年(一九二八)一月一日、札幌商業会議所は商工会議所法(法律第四九号,)の施行によって、
札幌商工会議所
(以下、
札商
と略)へ改称された。,写真-7 商工会議所議員選挙投票風景 (北タイ 昭4.2.21) 九年十二月
札商
の事務局は、,札幌グランドホテルの新築とともにその一角に設けられ、
札商
の前身である商業倶楽部(明24設立)より引継いだ,創立総会は
札商
講堂で開かれ、会頭には小樽市選出の衆議院議員山本厚三が就任した。 /
札幌商工会議所
から北海道商工経済会へ
新札幌市史 第5巻 通史5上
(接収物返還運動)
大方の市民が解除をひたすら待つ情勢の中札幌グランドホテル西側隣接の
札幌商工会議所
(
札商
ビル)の場合、接収解除,
札商
ビルは、札幌グランドホテルと同時期の二十年十一月、占領軍に接収され、憲兵隊本部として使用されていた,二十四年十月付の
札幌商工会議所
会頭名による「
札幌商工会議所
事務所接収解除助力方懇請書」には、札幌地方の,ミシン一台、三面鏡七台、ピアノ一台だけというすさまじい荒れ方であった、というのはあまりにも有名であるが、
札商
,ビルの場合、被害について国家補償要求を行い、国家補償金として九七四万円余の支払いを受けた(
札幌商工会議所
八十年史
新札幌市史 第5巻 通史5上
(第二次公職追放(地方パージ)と札商ビルの接収解除)
一方、小谷義雄は大正六年
札商
議員に初当選しており、道商工経済会評議員を経て、戦後は
札商
の再建発起人となり,に復帰した(
札商
80年史)。 ,また三十五年からは、
札商
に設けられた商業活動調整協議会の会長を務め(
札商
80年史)、同年十一月二十六日,二十七年九月
札商
ビルは接収解除となったが、返還された建物はすさまじく荒れていたために、
札商
は復旧工事を,すなわち「
札幌商工会議所
家屋原状回復に伴う国家補償要求見積額調書」とともに、一六八六万七二九六円を要求 / 第二次公職追放(地方パージ)と
札商
ビルの接収解除
新札幌市史 第5巻 通史5下
(石狩湾新港地区への工場立地)
六十年に発表された
札幌商工会議所
のレポートによると、石狩湾新港は昭和六十年時点の貨物取扱量を約一〇〇〇,
札商
レポートは、石狩湾新港の活性化策としてソビエト連邦のバム鉄道(第二シベリア鉄道)開通をにらみ、その,苫小牧港との競合が避けられないので、日本海側および関西地区に着目し取引を活発にすることを提唱している(
札幌商工会議所
,9社2組合(91社) 618 2社2組合 合計 91社4組合(163社) 2,219 33社3組合
札幌商工会議所
新札幌市史 第5巻 通史5上
(北海道商工経済会の解体)
することによって「中小都市商工会議所」を隷属化し、自らの優越的特権の維持をはかろうとするものであるとして反発した(
札幌商工会議所
八十年史,、以下
札商
80年史と略)。
新札幌市史 第5巻 通史5上
(札幌青年会議所と婦人経営研究会の設立)
事務局は
札商
内に置き、物価引下げ運動(昭28)、僻地教育助成運動の実施(昭33~37)、相互企業診断(,講演会、見学会、懇親会等をとおして、会員相互の親睦と婦人経営者としての知識の向上をはかった(輪のいぶき―
札幌商工会議所
婦人会創立
新札幌市史 第5巻 通史5上
(『さっぽろ経済』その他の発刊)
『さっぽろ経済』その他の発刊 二十七年六月、
札商
は『札幌商工名鑑』を発行した。,創刊当初は市経済部商工課との共同編集であったが、三十六年七月発行の第五九号からは、
札商
単独で発行されるようになった,、四頁の悲しきばかりのものを刊行していた」というが(さっぽろ経済 100号 昭41・10)、現在は『
札幌商工会議所
所報
新札幌市史 第5巻 通史5上
(商工政策の展開)
商工政策の展開
札商
は二十一年発足と同時に、経済復興に向けてさまざまな商工振興策を展開した。,二十二年にはインフレの進行とヤミ価の高騰を受けて、各地で物価引下げ運動が展開されたが、札幌でも
札商
が中心,掲げ、業者と消費者の自覚を促し、関係当局には物資の増産や、闇取引の取締り強化等の意見を具申したほか(
札幌商工会議所
所報, 第二号)、同二十日には物価引下げ商業者大会を狸小路観音堂前広場で開いている(
札商
80年史)。 ,二十四年に始まった「びっくり市」は、商店が抱えるストック商品を整理するために
札商
が企画した歳末大売出しであるが
新札幌市史 第5巻 通史5上
(新札幌市史 第五巻 通史五(上)/総目次)
の振興 畜産の振興 農業構造と農業生産 第六節 札幌財界の成立…346 一 戦前の
札幌商工会議所
,と北海道商工経済会の解体
札幌商工会議所
から北海道商工経済会へ 北海道商工経済会の解体, 二 経済団体の再出発と諸団体の創設 第二次公職追放(地方パージ)と
札商
,ビルの接収解除 新生
札幌商工会議所
の設立 北海道商工会議所の設立 北海道商工会議所連合会, 北海道商工会議所と北海道商工会議所連合会との合流 その他の経済団体 三
札幌商工会議所
新札幌市史 第8巻2 年表・索引編
(出典一覧(明治以降) 1868年〜1944年)
の歩み 1064
札幌商工会議所
80年史 1065 札幌小樽細見誌 1066 音楽雑誌 第, 第65号 1274
札幌商工会議所
月報 第80号 1275 札幌商業会議所報 1276, 第20回統計年報 昭和11年 1483
札幌商工会議所
統計年報 1484 札幌市役所中西八百吉身分調書, 第70号 1793
札幌商工会議所
月報 第77号 1794
札幌商工会議所
月報 第139号,1795
札幌商工会議所
月報 1796 法人一覧(昭和13年) 1797 札幌北斗学園創立70
新札幌市史 第8巻2 年表・索引編
(出典一覧(明治以降) 1945年〜2000年)
2346 石狩町誌 下巻 2347 石狩湾新港史 2348 石狩湾新港の促進に関する調査報告書(
札幌商工会議所
,(北海学園) 3162 札幌証券取引所五十年史 3163
札幌商工会議所
八十年史 3164 ,周年記念誌 しんことにみなみ(新琴似南小学校) 3402 新札幌市工業基本計画 1950年(札幌市,
札幌商工会議所
,) 4279 私のなかの歴史 5(北海道新聞社) 4280 輪のいぶき-創立20周年記念誌(
札幌商工会議所
婦人会,北東方面陸軍作戦2(防衛庁防衛研修所戦史室) 4352 広報さっぽろ西区版 平成4年4月 4353
札幌商工会議所
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