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札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

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新札幌市史 第5巻 通史5上 (ラジオからテレビへ)

ラジオからテレビへ 北海道放送は昭和二十八年一月、HBCテレビの開設を郵政当局に申請した。,前年、一足早くNHK札幌がテレビ放送を開始した時点では、道内のテレビ受像機登録台数は一五三八台であった,北海道放送テレビが民放五番目のテレビ局として開局した時、台数は五八九〇台と、飛躍的に増加した。,、テレビ北海道、日本テレビ放送網、札幌テレビの四つのテレビ局開局申請書が、北海道地区から郵政大臣宛てに,一  札幌テレビ放送株式会社は、(一)株式会社テレビ北海道、(二)北海道テレビジョン放送株式会社、(三 / ラジオからテレビへ
新札幌市史 第5巻 通史5下 (〈放送事業〉道内民放五局時代へ)

〈放送事業〉道内民放五局時代へ 昭和四十二年郵政省によって、それまでのVHF(超短波)テレビ局にUHF,(極超短波)テレビ局を加える方針が明らかにされた。,これにともなう新局の大量設置はチャンネルの地域格差を縮め、地方のテレビ文化を豊かにするとともに地方経済,北海道ではUHF局の第一号として、四十二年十二月に北海道テレビ放送(HTB)が設立、翌十一月三日から本放送,さらに六十三年十月一日テレビ北海道(TVH)が開局したことにより、東京の放送局をキー局とする民放テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5下 (都市型CATVの放送開始)

都市型CATVの放送開始 昭和六十三年四月札幌ケーブルテレビジョン(略称SCAT、昭61・4・18札幌,平成九年二月二十八日札幌ケーブルテレビジョンは日米合弁のCATV統括運営会社タイタスコミュニケーションズ,さらに十二年九月一日からはケーブルテレビの最大手ジュピターテレコム(本社・東京)とタイタスコミュニケーションズ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (家計の変遷)

家計の変遷 昭和三十一年(一九五六)十二月、大通西一丁目広場に地上一四七・二メートルのテレビ塔が完成,本放送を開始した(道新 昭31・12・22)のに続き、翌三十二年四月一日にはHBC(北海道)放送局のテレビ,本放送も開始され、テレビ時代を迎えた。,「テレビ」が象徴するように、三十二年になると札幌市民世帯の実収入や消費生活も戦前(昭9~11)の水準を,〇(二〇・七)で、テレビは三年間で二倍に急増した(道新 昭35・12・6)。  
新札幌市史 第5巻 通史5上 (映画館ブーム)

ちょうどこの頃、北海道放送(HBC)がテレビ放送を始め、三十四年には札幌テレビ(STV)が開局するなど,、テレビという新たなメディアが登場したことによって、映画界への影響が問題とされるようになった(毎日 昭,表を見ても明らかなように、テレビ放送が本格化した頃の三十五年をピークに、映画館は減少の一途をたどっている,映画界にとって、正月の興行が大きな収入源となっているが、その興行に翳(かげ)りが見え出したのもテレビ放送
新札幌市史 第5巻 通史5下 (視聴覚教育から情報教育へ)

、三十三年度の総合開発関係の八番組や全北海道の教育現場の要望にこたえる公開授業番組、三十五年度には「テレビ,テレビ普及率が上昇するなかで、学校設備としてテレビ受像機も各学校に配置されるようになった。,またビデオ機器についても四十二年に創成小学校にテレビカメラとともに導入されたのを皮切りに、五十年代後半
新札幌市史 第5巻 通史5下 (アートヴィレッジの造成)

同社は昭和五十九年に任天堂のファミコンに対応するテレビゲームソフトの開発・販売に踏み切り、テレビゲームブーム
新札幌市史 第5巻 通史5下 (物価の安定・消費税導入・「平成米騒動」)

消費者物価指数の主な商品の改廃(昭和35年~平成12年) 主な追加商品 主な廃止商品 昭35 (1960) テレビ,電気掃除機、乗用車、即席ラーメン、バナナ ラジオ聴取料、うずら豆、駆虫剤  45 (1970) コーラ、テレビ,テニスラケット 鯨肉、合成清酒、足踏み式ミシン  55 (1980) 電子レンジ、輸入牛肉、ゴルフクラブ テレビ,ワープロ、レンタルビデオ代、ハンバーガー 石炭、レコード、かりんとう  7 (1995) 宅配ピザ、テレビゲーム
新札幌市史 第5巻 通史5上 (住民対話と広報活動)

また同年より、ラジオとテレビによる広報が開始された。,ラジオは二月八日より毎日、北海道放送(HBC)で放送され、テレビも四月より毎週放送されることになった。
新札幌市史 第5巻 通史5下 (賃金及び消費支出の拡大と勤労者意識)

賃金及び消費支出の拡大と勤労者意識 昭和三十年代に「三種の神器」と言われたテレビ(白黒)・電気洗濯機,これらが成熟化した四十年代には、カラーテレビ・クーラー(ルームエアコン)・乗用車が「新三種の神器」(三,高度成長期における耐久消費財普及率の推移 (%)       年次 品名 昭35 昭40 昭45 昭50 テレビ,(白黒) 44.7 95.0 90.1 49.7 カラーテレビ ― ― 30.4 90.9 電気洗濯機
新札幌市史 第5巻 通史5上 (家電製品の普及と生活の変貌)

三十二年にはテレビ・電気冷蔵庫・洗濯機の家電製品が発売され当初は「三種の神器」と呼ばれ、高額であこがれの,三十九年には東京オリンピックをきっかけにカラーテレビ受信も普及した。,また、テレビ・冷蔵庫の普及が一巡し関心が自動車に移り始めていたことは、市内中の島自動車学校の定員六〇〇
新札幌市史 第5巻 通史5上 (放送劇団)

三十一年からはテレビドラマの制作も始まり、芸術祭での度重なる受賞が全国にNHK札幌の存在を示した。,され地元から多くの作家を生んだ「HBC小劇場」をはじめとするラジオドラマ、三十三年から本格的に始まったテレビドラマ
新札幌市史 第5巻 通史5下 (マイカー四割・青少年の生活実態調査)

同生活実態調査でも、主要耐久消費財の所有状況では最多はテレビで全体の六割が所有し、ステレオ五割、冷蔵庫三割強,五十七年の同研究所調査(平均年齢二一歳・二〇〇〇人)では、マイカーが男子五割強、女子が一割強に増えて、テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (結核アフターケア)

開所以来昭和三十三年までに一六〇人が、三十三年には六〇人(男三八人・女二二人)が洋裁、ラジオ・テレビの
新札幌市史 第5巻 通史5下 (若手音楽家の輩出)

声楽では、ソプラノの斎藤昌子はNHKテレビの歌のおねえさんとして親しまれ、メゾソプラノの西明美はドイツ
新札幌市史 第5巻 通史5下 (劇作家大会と舞台塾)

(開催ちらし文)  劇作家大会は俳優や演出家、美術家、制作者など幅広い演劇人、映画・テレビなどからも
新札幌市史 第5巻 通史5下 (啓発活動)

昭和四十八年には、『札幌市の公害の現況と対策』の発行、冊子『あおぞら』の発行、各種広報誌、新聞、ラジオ、テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (本州建設会社の進出)

田畑病院,丸善札幌支店増築 ほくさんビル,阿部ビル,北海道交通本社  43 札幌第二合同庁舎 北海道テレビ,敷島ビル,吉忠札幌ビル,三甲札幌工場,三越百貨店増改築 東8丁目立体交差,すすきのビル  46 札幌テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (成人教育の広がり)

戦後間もなくの時期の視聴覚教育はラジオと映画・スライド、録音が主であり、三十年代になって逐次テレビが導入
新札幌市史 第5巻 通史5下 (プロデュース公演)

が作品選び、スタッフ・キャスト決定、収支すべての責任を持つ上演形態)は、演劇ばかりでなく映画・音楽・テレビ・
新札幌市史 第1巻 通史1 (遠景の山々)

図-2 札幌の山々  それらは、北西から順に、テレビアンテナが林立する手稲山(一〇二四メートル)
新札幌市史 第5巻 通史5下 (通年観光とリゾート開発)

通年観光とリゾート開発 市内の観光名所は時計台、北海道大学附属植物園、テレビ塔、羊ヶ丘展望台、藻岩山観光自動車道等
新札幌市史 第5巻 通史5下 (鉱山街の変化)

福利施設面では、昭和四十九年度のテレビ共同受信設備新設、五十三年度の本山駐在所・南区役所本山出張所廃止
新札幌市史 第5巻 通史5上 (【主要参考文献・史料】)

18 平9)、『北海道放送十年史』(昭38)、『同三十年史』(昭57)、『同四十年史』(平4)、『札幌テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5下 (文学賞受賞者の簇出)

北海学園大法学部に通った佐々木丸美が、NET(現・テレビ朝日)と朝日新聞の二〇〇〇万円懸賞小説に佳作入賞
新札幌市史 第5巻 通史5下 (レンタル業の躍進)

レンタル用品は小児用品や旅行カバンから、単身赴任者を相手にしたベッド、テレビ等まで多岐にわたり、「必要
新札幌市史 第5巻 通史5上 (教会と社会)

この年、これも超教派の北海道マスコミ伝道センター(ホレンコ)が創立、HBCなどでラジオ放送を、後にはテレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (札幌オペラ研究会の輝き)

これらは、三十二年四月から電波を出し始めていたHBCテレビでも取り上げられ、年に三本を放送したこともある
新札幌市史 第5巻 通史5上 (都市建設事業と総合都市計画)

前年八月にはテレビ塔も建設されている。
新札幌市史 第5巻 通史5下 (ごみ収集の無料化と総合分別収集)

テレビ・洗濯機などの耐久消費財やがらくた類などを大型ごみとして、春・夏・秋の清掃美化運動期間に無料収集
新札幌市史 第5巻 通史5上 (経済の拡大と争議の激化)

北海道放送労組は、同年も三月二十五日第五波ストでラジオ部門でピケ戦術に入り、二十八日第一一波の全面ピケ以降テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (文化団体と連絡組織)

文化団体と連絡組織 昭和三十三年、札幌市民会館新築や、HBCにおけるテレビドラマ自社制作開始など、札幌
新札幌市史 第5巻 通史5下 (第一次オイルショックとパニック現象)

パニックの情報源は八割近くがラジオ・テレビ・新聞のマスコミから得ており、店頭が空っぽになったのを見て知
新札幌市史 第5巻 通史5下 (伝道機会の変化)

また、ラジオ、テレビによる伝道は、市史5上で北海道マスコミ伝道センター(ホレンコ)とカトリックの活動に
新札幌市史 第5巻 通史5下 (【主要参考文献・史料】)

(昭56)、星野一風『資本の論理 メディアの倫理―北海タイムス崩壊のドキュメント』(平12)、北海道テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5下 (自主上映団体の結集)

自主上映団体の結集 かつての娯楽の王者・映画も、昭和三十年代以降はテレビの普及とレジャーの多様化により
新札幌市史 第5巻 通史5下 (消費者センターの開設と消費者保護)

暮らしのなかで、消費者はかつて経験したことのない豊かなモノが溢れる一方で、食品添加物の安全性やカラーテレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (賑わう昭和三十年代の祭り)

三十三年の狸小路商店街では、「特賞にテレビと電気洗濯機、一等は電気ガマ、二等は毛布など、現ナマに代えて
新札幌市史 第5巻 通史5上 (食生活の変貌)

また、NHKテレビ番組「きょうの料理」(昭32開始)など、マスメディアを通じて全国津々浦々まで同じ食材
新札幌市史 第5巻 通史5下 (留守家庭児童会事業の開始と共同学童保育所の創設)

安全に過ごすことは必要最小条件」とし、「親を待つ消極的な時間ではなく、遊び、冒険、お手伝いなど、またテレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (観光資源の多様化)

北海道 新聞社 北海タイムス社 NHK札幌放送局 北海道 放送 日糧パン コカ コーラ 札幌 テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (木曜会から札幌市婦連協へ)

47廃止)、三十一年度は「物価調整運動」を始め、「いつくしみの鐘」(市民募金で丸井デパート、のち札幌テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (例言)

札幌市平和運動フォーラム、札幌市母子・寡婦福祉連合会、連合北海道札幌地区連合会、株式会社伊藤組、札幌テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (騒音・煤煙・札幌市公害条例)

同監視装置によって、市内六カ所の観測局(本庁舎・四保健所・テレビ塔)と庁舎内のデータ処理装置を直結し、
新札幌市史 第5巻 通史5上 (観光客の増加と宿泊施設の増設)

34 主要観光施設入場者数 (単位:人) 年度 計 羊ヶ丘展望台 円山動物園 藻岩山 ロープウェイ テレビ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (新札幌市史 第五巻 通史五(上)/総目次)

の創刊 『北海タイムス』の創刊         読売・朝日・毎日新聞社の札幌進出      三 テレビジョン,放送の開始         民間放送の登場 北海道放送(HBC)の設立と開局 ラジオからテレビへ
新札幌市史 第5巻 通史5上 (電気事業の発展)

電力需要は大口の産業用需要の増大によって急テンポで拡大し、さらに「三種の神器」と称された白黒テレビ、冷蔵庫
新札幌市史 第5巻 通史5下 (物価の変遷と勤労者世帯の家計調査)

テレビの買い換えは掛買いにし、スーツを月賦払いにして合計二万三〇〇〇円となり、これで何とかしのぐことができたが
新札幌市史 第8巻2 年表・索引編 (出典一覧(明治以降) 1945年〜2000年)

劇場通信No.144 2690  この歩み星につなげ北海道勤医協の歴史 2691  この10年(北海道テレビ,年度学校要覧(札幌龍谷学園高等学校) 3288  平成6年度学校要覧(札幌経済高等学校) 3289  札幌テレビ
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