• 機関トップ
  • 資料グループ
  • テキスト一覧
  • 年表一覧
  • キーワード一覧

札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

  1. トップページ
  2. 詳細検索

詳細検索


検索条件を追加
閉じる
検索結果 : 17件
辞書ファセット
/ 1ページ
新札幌市史 第1巻 通史1 (佐賀藩と開拓使)

佐賀藩と開拓使 しかし、蝦夷地の分領と警衛は、カラフトの漁場開発をおこなった大野藩を除き、東北諸藩に,限られることとなり、佐賀藩の計画も実現にはいたらなかった。,開拓使の当初には、各藩・寺院に分領地の割渡しをおこない、北海道の開発がこころみられたが、佐賀藩には八月十七日,佐賀藩の従前からの蝦夷地への関心が、この背景にあり、その基礎となったのが、ここで紹介してきた義勇の調査 / 佐賀藩と開拓使
新札幌市史 第1巻 通史1 (佐賀藩の関心と島義勇)

佐賀藩の関心と島義勇 佐賀藩は筑前国黒田藩とともに、長崎警備を担当していたために、西洋文化・技術の流入,佐賀藩でも、各藩による分領支配の話をきき伝え、島義勇以下、数名の藩士を蝦夷地に送りこんでいる。,佐賀藩が蝦夷地に関心をもったのは、この時が初めてではなく、すでに古賀精里のころにさかのぼる。,佐賀藩は以上のように、常に海外に目が向いていた。 / 佐賀藩の関心と島義勇
新札幌市史 第1巻 通史1 (箱館の蔵屋敷)

箱館の蔵屋敷 義勇は分領の早期申請とともに、箱館における佐賀藩の蔵屋敷地をはやく申請することを、つよく,先の武四郎の建言にもあったように、これは佐賀藩の諸産物の販売と交易のためであった。,天保の改革を通じて財政再建を達成し、大阪商人により〝算盤大名(そろばんだいみょう)〟と呼ばれただけに、佐賀藩
新札幌市史 第1巻 通史1 (郡目付の到来)

すでに会津藩でも同様な申請をなし許可を得ていたので、佐賀藩のこの計画にも支障はなかった。,以上の会津・佐賀藩のほかにも、水戸・大野藩なども商品流通による利益をねらった動向をみせており、蝦夷地の,そのために、漁業、林産、鉱山などの資源調査も必要となっていたのであり、佐賀藩の島義勇の調査も、これら諸藩
新札幌市史 第1巻 通史1 (西南からの目)

肥前国佐賀藩(鍋島家)では、犬塚与七郎と島義勇を調査のために箱館へ送りこんだが、彼らの書状(安政四年四月,それに報告者の佐賀藩を加えると、十指にのぼる西南諸藩が蝦夷地に強い関心をはらい、積極的な調査活動を行っていたことがわかる,その中から佐賀藩の様子をみていくことにする。
新札幌市史 第1巻 通史1 (犬塚与七郎)

犬塚与七郎 佐賀藩から同じく蝦夷地に派遣された藩士には、犬塚与七郎がいた。,与七郎の帰国の真相は、佐賀藩の蝦夷地選定個所につき、いち早く幕府への上申を得るためであった。
新札幌市史 第1巻 通史1 (松浦武四郎の建言)

それによると、佐賀藩の蝦夷地の開拓方針としては、まず藩内の産物である陶器・蠟燭(ろうそく)・麵(めん)
新札幌市史 第2巻 通史2 (本府構想のモデル)

で区切られているとはいえ、民地を本府地に隣接した本府区域内の街区画内に配置する構造は、島判官の出身藩佐賀藩
新札幌市史 第1巻 通史1 (『入北記』)

義勇は佐賀藩士で、やはり左太夫と同じ書名の『入北記』をあらわしている。
新札幌市史 第1巻 通史1 (与七郎の帰国)

そのために義勇は、佐賀藩から幕府への早期申請を督促していたのであった。
新札幌市史 第1巻 通史1 (仙台藩と十文字龍助)

幕末には江戸で松浦武四郎や佐賀藩の島義勇、仙台藩の玉虫左太夫らと蝦夷地に関する情報の交換なども行った。
新札幌市史 第1巻 通史1 (分領地の選定)

これによると義勇は、イシカリ川流域は佐賀藩士で治水術にひいでていた成富兵庫、夏の禹王のように治水が施されれば
新札幌市史 第1巻 通史1 (調査の結論)

こうした調査のすすめ方に「何れも優美にして聞合等仕居候」(佐賀藩犬塚与七郎、島義勇より田中善右衛門宛書状
新札幌市史 第2巻 通史2 (開拓使の設置)

そして六月四日には本人の請願に基づき、議定の鍋島直正(前佐賀藩主)を開拓督務に任命したのである。
新札幌市史 第1巻 通史1 (蝦夷地開拓意見書草稿)

なお、とくにこの時期以降、佐賀藩ほか多くの藩の藩士が蝦夷地に入って調査を行っており、かれらによる開拓論
新札幌市史 第1巻 通史1 (戸石永之丞の調査)

当時仙台藩の動きに深く注目していた佐賀藩の報告では、戸石のほか塚本幾之進の名があり、松坂がみえない。
新札幌市史 第1巻 通史1 (新札幌市史 第一巻 通史一/総目次)

完成 イシカリ・サッポロと水戸藩 イシカリ・サッポロの検分        安政の大獄     二 佐賀藩,       西南からの目 佐賀藩の関心と島義勇 義勇の日記 入北記 犬塚与七郎        ,松浦武四郎の建言 分領地の選定 箱館の蔵屋敷 与七郎の帰国 郡目付の到来        佐賀藩と開拓使
/ 1ページ
  • 資料グループ
  • テキスト一覧
  • 年表一覧
  • キーワード一覧
  • 機関トップ
  • 利用規定
  • 利用ガイド
  • サイトマップ
  • ADEACトップ
X(旧Twitter) facebook line urlcopy
トップへ
ページURLがコピーされました