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新札幌市史 第5巻 通史5下
(札幌冬季オリンピック大会とスキー場などの復元)
札幌
冬季オリンピック
大会とスキー場などの復元 四十七年二月の札幌
冬季オリンピック
開催決定を前に、四十一年 / 札幌
冬季オリンピック
大会とスキー場などの復元
新札幌市史 第5巻 通史5上
(開催決定と準備)
札幌では昭和十年十月二十三日に、札幌スキー聯盟常任幹事会にて招致運動を協議し、三十日には
冬季オリンピック
,道庁、札幌市の支援も加わって翌十一年一月二十七日に
冬季オリンピック
札幌招致特別委員会を設置し、誘致運動,
オリンピック
競技場選定委員会で三月十八日に札幌に決定となった。 ,
オリンピック
招致並に準備委員会が結成された(会長池田清道庁長官)。,その後、大会の主催組織となり「一切の事業を計画実施する」(委員会規則第二条)、第五回
冬季オリンピック
札幌大会実行委員会
新札幌市史 第5巻 通史5上
(政令指定都市へ向けて)
それより先の四十一年、長年にわたって立候補を続けてきた
冬季オリンピック
大会の開催が札幌市に決定し、競技場施設建設,続く四十七年二月、札幌市で開催された
冬季オリンピック
大会は、世界各国から人が集まり、札幌市の名を世界中,こうして、
冬季オリンピック
を境に、名実ともに「都市としての風貌」を新たにし、同年四月一日、川崎、福岡両市
新札幌市史 第5巻 通史5上
(定鉄・市バス一元化問題)
は、四十七年一月十九日から四八時間ストに続いて二十六日からの四八時間ストを決定し、道私鉄労組も、札幌
冬季
,
オリンピック
開幕日の二月三日に定鉄支部が二四時間ストを行うことや、大会期間中の支援バス乗務拒否などの方針,とし、②市への受け入れ人員を一八一人とすることなどの斡旋案を会社・組合ともに受諾し(全道労協運動史)、
冬季
,
オリンピック
開幕目前の一月三十日、「労働組合が企業経営の一部を地方自治体に譲渡するよう迫るという、全国
新札幌市史 第4巻 通史4
(昭和十二年夏の札幌)
札幌は三年後すなわち昭和十五年開催予定の
冬季オリンピック
の開催地に選ばれていた。,道博の向こうを張って七月十五日から中島公園を会場に文化振興展を開催、各展示館のなかでも北海タイムス社の
冬季
,
オリンピック
館の展示がひときわ注目を浴びていた(北タイ 昭12・7・16)。
新札幌市史 第5巻 通史5下
(オリンピックの遺産と冬季スポーツの振興)
五十二年三月市議会では、第一四回
冬季オリンピック
(五十九年)の誘致問題が議論された。,幻の第五回大会(十五年)、第一〇回大会(四十三年)、第一一回大会(四十七年)に続く四度目の
冬季オリンピック
,
冬季オリンピック
は直接の影響を受けることがなかったものの、自然環境保護という問題を抱えていた。
新札幌市史 第5巻 通史5上
(オリンピックと街づくり)
さらに東京オリンピックの際の都市整備が国をあげて力を注いだことの成果であるとし、「札幌市も、
冬季オリンピック
,四十一年四月
冬季オリンピック
の札幌開催が決定した。,四十二年六月十三日、原田市長は三期目の就任に伴う施政方針の中で六年計画の完遂と題しながら、「100万都市実現の準備、
冬季
,
オリンピック
の関連事業等の事情により、実施期間を一か年延長し、内容を拡大修正する必要がある」として、「
新札幌市史 第1巻 通史1
(藤野付近の山々)
いちばん手前の藤野スキー場になっている山は、かつて、
冬季オリンピック
のリュージュ競技の会場となったところであり
新札幌市史 第5巻 通史5下
(都市化と市民スポーツ)
都市化と市民スポーツ 昭和四十七年(一九七二)の
冬季オリンピック
札幌大会は、市民スポーツの画期であった,札幌市の人口は、第二次ベビーブームや炭坑閉山により転入が増加し、また
冬季オリンピック
と政令都市移行に伴
新札幌市史 第5巻 通史5上
(開催の準備)
道には総務課にオリンピック係(昭42・6・10)、
冬季オリンピック
対策室(昭43・5・10)、道議会に,また、四十一年八月一日に文部省内に
冬季オリンピック
等準備室が設置され、外務省、防衛庁、警視庁、郵政省などにも
新札幌市史 第5巻 通史5下
(政令指定都市論議の始まり)
一つが第一一回
冬季オリンピック
大会の開催であり、もう一つが政令指定都市への移行であった。
新札幌市史 第5巻 通史5下
(国際交流と国際都市)
その後、
冬季オリンピック
開催を機縁に、ミュンヘン市とも四十七年八月二十八日に結ぶことになるが、札幌市は,平成に入ると二年三月に第二回アジア冬季競技大会、三年三月にユニバーシアード冬季大会という、
冬季オリンピック
新札幌市史 第5巻 通史5上
(市民会館の建設)
民間でも、三十八年に七〇〇席の道新ホール、四十二年に六五〇席の共済ホールが生まれるなどし、
冬季オリンピック
新札幌市史 第5巻 通史5上
(来演音楽会の増加)
クリーブランド管(セル指揮)、レニングラードフィル、ニューヨークフィル(小沢征爾指揮)の三つを迎え、四十七年には
冬季
,
オリンピック
に際して芸術行事にミュンヘンフィルが来演したほか、フィラデルフィア管(オーマンディ指揮)が
新札幌市史 第5巻 通史5上
(原田市政の都市建設)
も災害も受けなかった札幌市は「自力で近代都市への脱皮を図らなければならなかった」、「札幌を中心として
冬季
,
オリンピック
が開催されることになれば、自(おのずか)ら都市施設整備のために国費の導入や、札幌市に対する
新札幌市史 第5巻 通史5上
(第八回配本にあたって)
そしてその成果を示したのが昭和四十七年に開催された
冬季オリンピック
札幌大会でありました。
新札幌市史 第5巻 通史5下
(タコ足庁舎の解消を目指して)
三十八年七月市議会第二回定例会で原田市長は、①四十三年二月の招致を検討している
冬季オリンピック
の前に庁舎
新札幌市史 第5巻 通史5下
(北区の誕生)
冬季オリンピック
開催にあわせて、前年十二月に地下鉄南北線(北二四条~真駒内間)が開通し、中心部との交通
新札幌市史 第5巻 通史5下
(雪まつり)
三十四年以降、雪まつり実行委員会によって運営されていたが、その雪まつりも
冬季オリンピック
の開催された四十七年
新札幌市史 第4巻 通史4
(日中戦争の開始と文化状況)
なによりもこの時期の札幌の関心事であったのは、年来の
冬季オリンピック
の札幌開催である。,第一次世界大戦後の世界的な観光ブームは、昭和にはいって北海道にも影響し、
冬季オリンピック
の開催をみこして
新札幌市史 第5巻 通史5上
(第一二回オリンピック大会の東京開催)
第一二回オリンピック大会の東京開催 札幌で
冬季オリンピック
大会が開催されるようになるのは、昭和十五年
新札幌市史 第5巻 通史5下
(新庁舎建設)
四十二年四月に三選された原田市長は、政令指定都市への移行が現実的な日程に上り、四十七年の
冬季オリンピック
新札幌市史 第5巻 通史5下
(多様化、多元化するスポーツ)
多様化、多元化するスポーツ
冬季オリンピック
から三〇年、市のスポーツ環境は大きく変わっていった。
新札幌市史 第5巻 通史5下
(政令指定都市の出発)
札幌市はこの四十七年二月には、
冬季オリンピック
の開催を成功裡に終えており、また同年はちょうど、市制施行五
新札幌市史 第5巻 通史5下
(通年観光とリゾート開発)
市内の観光名所は時計台、北海道大学附属植物園、テレビ塔、羊ヶ丘展望台、藻岩山観光自動車道等に、新たに
冬季
,
オリンピック
施設(大倉山ジャンプ競技場、真駒内屋外スケート競技場、真駒内屋内競技場)を加え、さらにはサッポロビール
新札幌市史 第5巻 通史5上
(再度の立候補)
がり、四十四年五月となったことから、日本での開催を目指すJOCが十二月に至り、一九七二年(昭47)の
冬季
,
オリンピック
開催候補地を、四十年一月八日までに決定することを決めたために、札幌市も早急に態度を決定する
新札幌市史 第5巻 通史5下
(オリンピックの再招致問題)
公共投資、民間投資を誘発し、景気回復の面でもきわめて大きな期待が持たれる」ことなどを理由に、一九八四年
冬季
,
オリンピック
の再誘致を市長に質問した。
新札幌市史 第5巻 通史5上
(招致まで)
戦前は東京、札幌がセット開催であったこともあって、札幌市も
冬季オリンピック
を招致すべきとの意見が、最初
新札幌市史 第5巻 通史5上
(招致活動)
総会には原田市長等が出席したが、出発前の一月十五日に「一九六八年
冬季オリンピック
招致札幌市民大会と体育
新札幌市史 第5巻 通史5上
(朝鮮総連と韓国居留民団の活動)
また四十七年一月には、札幌
冬季オリンピック
に来日した朝鮮民主主義人民共和国選手団が、国名呼称問題で、組織委員会
新札幌市史 第5巻 通史5上
(【主要参考文献・史料】)
支援集団史』(昭47)、北海道警察『札幌オリンピック冬季大会の警察活動記録』(昭47)、北海道『第一一回
冬季
,
オリンピック
札幌大会報告書』(昭48)、札幌オリンピック関係新聞ファイル(札幌ウィンタースポーツミュージアム
新札幌市史 第5巻 通史5下
(若年労働者の札幌集中)
一方、職種選択の傾向は強くなり、札幌
冬季オリンピック
を契機に新築が相ついだ札幌中心部のホテル・地下街の
新札幌市史 第5巻 通史5上
(手稲町の合併)
「昭和四十一年四月に
冬季オリンピック
の本市開催が決定したことを契機として合併の気運が急速に高ま」ったのである
新札幌市史 第5巻 通史5下
(地下街開業とその影響)
四十一年には地下鉄建設の構想が固まり、
冬季オリンピック
の開催が決定する一方、翌四十二年には、四十年四月駅前
新札幌市史 第5巻 通史5下
(博物館施設)
冬のスポーツ博物館はスキー、スケートなど冬のスポーツ関係資料と札幌
冬季オリンピック
資料を展示する施設として
新札幌市史 第5巻 通史5下
(自然保護と緑化推進)
冬季オリンピック
のために手稲山、恵庭岳の自然が破壊されたことは、大きな教訓となりこれ以降は緑の保全が緊要
新札幌市史 第5巻 通史5上
(札幌市体育連盟)
第十二回国際オリンピック大会ガ東京ニ決定シ第五回
冬季オリンピック
大会亦我ガ札幌ニ招致セラレントシテ、国内挙
新札幌市史 第5巻 通史5上
(騒音・煤煙・札幌市公害条例)
また、四十五年には札幌
冬季オリンピック
関連施設の宿舎(選手村など)が、旧警察学校跡地と柏が丘地区に建設
新札幌市史 第5巻 通史5上
(観光客の増加と宿泊施設の増設)
三十六年市議会で
冬季オリンピック
大会(昭43)に立候補する決議が採択されると、さらにホテルの増設が要請
新札幌市史 第5巻 通史5下
(札幌圏における電力需要の増大)
以後の北海道は、昭和三十年代後半からの第一次産業の不振によって道内における過疎過密が進行し、四十七年の
冬季
,
オリンピック
札幌大会の開催や札幌市の政令指定都市への移行もあって、道内人口の札幌圏への集中がよりいっそう
新札幌市史 第5巻 通史5下
(新札幌市史 第五巻 通史五(下)/総目次)
啓発活動 三 環境保全と市民運動 三角山採石問題と市の買い上げ 札幌
冬季
,
オリンピック
大会とスキー場などの復元 カムバック・サーモンと環境保全運動の多様化 レッドデータ・リスト,リカレント講座とさっぽろ市民カレッジ 第六節 市民スポーツの展開…858 一 ポスト
冬季
,
オリンピック
と市民スポーツ 都市化と市民スポーツ 保健体育審議会答申とスポーツ・フォー・オール
新札幌市史 第5巻 通史5下
(石油危機から昭和六十年代まで)
また、
冬季オリンピック
後の土木建設事業の激減を回避するために、景気対策も射程に入れ、運用金の活用による
新札幌市史 第5巻 通史5上
(新札幌市史 第五巻 通史五(上)/総目次)
姉妹都市提携 外国都市との交流 ポートランドとの姉妹提携 三 第五回
冬季
,
オリンピック
の開催決定と返上 第一二回オリンピック大会の東京開催 開催決定と準備 前途
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