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新札幌市史 第1巻 通史1
(サッポロ大府への展望)
サッポロ
大府
への展望 以上のように、海陸の交通の要衝であり、北蝦夷地へ向けての前進拠点でもあり、さらに,彼はまずイシカリ論の原点ともなった近藤重蔵の意見、すなわち「津石狩(対雁)に
大府
を置ん」とする見解に対,は、さらに「其辺を探索」し、ついに「ツイシカリ川(豊平川)三里を上り、札縨・樋平(トヒヒラ)の辺りぞ
大府
,この両者には表現に多少の違いはあるが、いずれにしても、彼の構想において、サッポロに建置すべき
大府
を京都 / サッポロ
大府
への展望
新札幌市史 第2巻 通史2
(本府計画)
本府計画 本府の建設計画は、「石狩
大府
指図」と「石狩国本府指図」から類推しなければならない。,写真-4 石狩
大府
指図(北大図) この図版・写真等は、著作権の保護期間中であるか、 著作権の確認,写真-5 石狩国本府指図(北大図) 「石狩
大府
指図」から考察すると、本府を中心に役宅と道路を配置し,この
大府
図は、全体として石狩
大府
が大きく描かれすぎていたり、札幌川(豊平川)が南北に描かれていて、本来西方面,これは「
大府
図」の大町である。豊平川沿いには町屋など諸屋敷が配置されている。
新札幌市史 第2巻 通史2
(豊平開墾)
役人を紹介した際に、「豊平向うの開墾掛長石山」といっていることと、島判官の本府建設計画図である「石狩
大府
指図
新札幌市史 第2巻 通史2
(札幌への道路の開削)
札幌への道路の開削 島判官の計画の「石狩
大府
指図」には、銭函道・杓子琴似道・千歳道・有珠道・室蘭道が
新札幌市史 第2巻 通史2
(豊平開墾の実態)
しかし豊平という地名と「石狩
大府
指図」から判断して、豊平川の東側の千歳道沿であると思われる。,まず「石狩
大府
指図」の「豊平村」の記載と統一した「豊平」という文字の使用から推察して、この事業は島判官
新札幌市史 第2巻 通史2
(【主要参考文献・史料】)
、『部類抄録』(道図)、河野常吉『札幌資料』(道図)、山田民弥『恵曽谷日誌』(北大図)、島義勇『石狩
大府
指図
新札幌市史 第2巻 通史2
(札幌・発寒・琴似村)
島義勇の『石狩
大府
指図』(北大図)は二年十、十一月頃に作成されたと思われるが、この図には志野呂(篠路)
新札幌市史 第2巻 通史2
(石狩府構想への評価と風評)
この噂の主はだれか不明だが、官がまだ構想している段階で、「石狩
大府
指図」に示された規模を示しているようにも
新札幌市史 第2巻 通史2
(【主要参考文献・史料】)
鈴木忠美日記』(北海道史編纂史料)『六百人員北海道移住諸記録』『兵部省開拓使取極書』『札幌区劃図』『石狩
大府
指図
新札幌市史 第4巻 通史4
(道都意識)
北海道開拓を推進するために中央政府が設置した開拓使の本庁が札幌にできて以来のことで、街づくりが始まる以前の
大府
構想
新札幌市史 第1巻 通史1
(新札幌市史 第一巻 通史一/総目次)
サッポロ調査 武四郎の蝦夷地調査の主目的 二 枢要の地イシカリとサッポロ
大府
, 武四郎の新道構想 イシカリの機能 サッポロ
大府
への展望 図版・写真・表組一覧
新札幌市史 第2巻 通史2
(図版・写真・表組一覧)
東久世通禧(札幌市渋谷四郎氏蔵) (17頁) 写真-3 島義勇(道文) (21頁) 写真-4 石狩
大府
指図
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