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札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

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新札幌市史 第4巻 通史4 (大正期の公園の整備)

中島公園、円山公園、大通逍遙地ごとに設営年度を記載すると次のようになる。,中島公園は大正三年、八~十一年、円山公園は大正四~十一年、十三年、十五年、大通逍遙地は大正六~七年、九年,大正五年、区会で大通逍遙地に花園を設ける方針が示され(北タイ 大5・1・20)、実際に三、四丁目の花壇,六年になると、公園其他設営調査委員会が設置され、大通逍遙地設営に関する前川理学士の立案した計画書について
新札幌市史 第3巻 通史3 (大通の景観)

同年東京市の長岡安平技師に大通逍遙地の調査設計を委嘱したことは先に触れた。,大通逍遙地が札幌市の管理下に置かれるのは大正十二年(一九二三)のことである。  
新札幌市史 第3巻 通史3 (口絵)

下段の中央部にまるいドームの第一銀行、大通逍遥地の西3丁目に永山武四郎像が見える(札幌市文化資料室蔵)
新札幌市史 第4巻 通史4 (公園其他設営調査委員会)

大通逍遙地設営計画書の討議、中島公園実地視察(北タイ 大6・7・4)、北海道博覧会に使用された中島公園復旧
新札幌市史 第4巻 通史4 (都市計画風致地区の決定)

その結果、円山山麓一帯、神社表参道、大通逍遥地、豊平川堤防地一帯が指定されるらしいこと、さらに風致地区
新札幌市史 第3巻 通史3 (札幌区の公園経営計画)

このように円山公園、中島公園、大通逍遙地は明治四十年以降順次整備されていった。
新札幌市史 第3巻 通史3 (都市のシンボル)

一方大通は、四十年に興農園の小川二郎が芝庭を設計、大通逍遙地となるのは四十二年以降のことである(北タイ
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