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札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

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新札幌市史 第3巻 通史3 (町村制の整備)

町村制の整備 明治三十年(一八九七)、北海道区制とともに北海道一級町村制(勅令第一五九号)、北海道二級町村制,(勅令第一六〇号)が公布され、「町村制」における北海道の適用除外に対応する法規が整備された。,これによって北海道も基本的には市制町村制に依拠し、全国的な地方制度の中に位置づく方向性が明らかになり、,こうした動きをみると、道庁では一級町村制のみを施行し、二級町村制は廃止し、戸長総代人制を修正存続させようと,そこで内務省はとりあえず一級町村制を三十二年区制に沿って改正することにし、閣議に「北海道一級町村制改正 / 町村制の整備
新札幌市史 第4巻 通史4 (市制中改正法律案)

市制中改正法律案 府県の市は、明治二十一年制定後改正が加えられてきた「市制」によって成立している。,その第一七七条に「本法ハ町村制第百五十七条ノ地域ニ之ヲ施行セス」とあり、この条文によって町村制未施行の,、町村制における公民権資格の見直しをはかろうとした。,阿部札幌区長が、全国市区長会議で訴えた市制施行の願いは、こうして憲政会に受けとめられ市制中改正案として,本令施行前ニ為シタル処分」を「本令施行前ニ北海道区制ニ依リ為シタル処分」と修正してほしいと述べている(町村制改正 / 市制中改正法律案
新札幌市史 第4巻 通史4 (区制から市制へ)

区制から市制へ 明治三十二年(一八九九)十月一日、北海道区制に基づく札幌区が誕生し、以後二二年一〇カ,なおかつ府県制から北海道は除外されたままで、町村は一級、二級町村制という特別自治制であり、それすら施行,そして得たものと失ったものを清算する視点から市制施行を見ることが大切である。,第三に大正デモクラシー運動の中で市制施行を考えてみなければならない。,以下、こうした視点から市制施行の経緯を見ることにしよう。 / 区制から市制へ
新札幌市史 第4巻 通史4 (市制建議案)

市制建議案 このように地方自治のとらえ方がかみ合わぬ中で、札幌をはじめ函館、小樽の三区に市制を施行すべしという,建議案第四十九号   市制実施ニ関スル件 一札幌小樽函館ノ三区ニ対シ速カニ市制ヲ実施セラレン事ヲ望,北海道ニ於ケル区制ト府県ニ於ケル市制トノ間ニ於テ、北海道ノ区制ヲ市制ニシタイト云フ希望ガ予テアルコトモ,而シテ市制ト区制トノ権限ハ多少違ッテ居ルコトヲ認メテ居ル。,(同前)  こうした大正初年における道会の自治論議をうかがう限り、道庁において区町村の自治権拡張や市制町村制 / 市制建議案
新札幌市史 第4巻 通史4 (阿部区長の市制策)

阿部区長の市制策 区の自治権拡張運動の背景には、デモクラシー思潮の高揚とともに、区勢の発達がある。,「北海道各区に市制を施行せられんことを、其筋へ建議せんとす」ることを市区長会として決議したいというもので,阿部区長は区制の改正による市制ではなく、府県と同一の市制を北海道の区に適用するよう求め、全国市長の賛同,且ツ大正六年北海道会ヨリモ市制施行ニ関シ建議ノ次第モ有之、此際区制ヲ徹(ママ)廃シ市制ヲ施行スルハ最モ,(町村制改正 道図)  こうして札幌区も道庁も、市制を求める共通の認識に立って運動を進めることができるようになったのである / 阿部区長の市制策
新札幌市史 第4巻 通史4 (第四四回帝国議会)

又北海道ニ於ケル所ノ町村ハ、未タ町村制ヲ施行スル時期到達致シマセヌガ、其区ニ於テハ市制ヲ施行致シマシテモ,現行ノ市制ハ町村制ト其施行区域ヲ同一ニ致シテ居リマシテ、北海道ニ於キマシテハ町村制モ施行シテ居リマセヌ,要スルニ市制ト町村制ヲ引離シマシテ、町村ニ於キマシテハ町村制ヲ施行致シマセヌデモ、区ヲ市ニ致シタ為メニ,即チ市制ト町村制ト其施行区域ヲ別ニ致シマシテ、北海道ノ区ニ付テ市制ヲ施行スル為メニ、此条ノ改正ヲ致シタノデアリマス,を統一し、市制町村制を全面施行すれば、市制一七七条をあえて改正する必要がなくなると強く主張、府県制との
新札幌市史 第4巻 通史4 (政府案)

現行市制ハ町村制ヲ施行セサル地域ニ之ヲ施行セサルノ主義ナレトモ、北海道ニ於テハ未タ町村制ヲ施行スルノ時機,依テ町村制ヲ施行セサル地域ニモ市制ヲ施行スルノ必要アリ。  ,又沖縄県ノ区及町村ニ市制町村制施行ノ義、大正七年三月衆議院ヨリ建議アリ。,慎重ニ調査セシ処、其ノ現状市制及町村制ヲ施行シ得ルノ程度ニ発達セリト認ムルヲ以テ、町村制ヲ施行セサル地域,なお政府は七月二十七日付で「市制町村制ニ付テハ、次期ノ帝国議会ニ改正案提出ノ見込ナリ」(帝国議会衆議院議事速記録
新札幌市史 第3巻 通史3 (施行延期)

而シテ区制及町村制ハ既ニ制定公布ヲ経ルアリ。,また、函館の有志茶話会で市制請願について「余は元来現行の市町村制を完全無欠とは認めず……函館に市制を施行,去りながら過般発布されたる北海道区町村制を完全と認むるには非ず。,又、現在ノ区町村制条文中ニ於テモ多少意見ヲ有スルヲ以テ、之ニ幾許ノ修正案ヲ付シ、目下内務省ニ上申中ナリ,(北海道庁事務引継演説書)  これによれば安場の案は区制、町村制、簡易な規程による三本立となり、市制町村制
新札幌市史 第4巻 通史4 (札幌の問題点)

大正元年(一九一二)十月二十二日付で内務省地方局長が道庁長官宛に出した「北海道区制、北海道一級町村制、,北海道二級町村制施行後ノ実験等ニ徴シ、該制度及関係命令中改正ヲ加フルノ要アリト認メラルル事項有之候ハハ,一 同事務報告及財産明細表ノ提出ヲ廃スルコト 一 九十五条予備費認定ノ件ハ全廃スルコト(北海道制区町村制改正草案,区役所の位置変更にしても市制第七条にあって区制にない条項で、公民資格も市制との同一化をねらっている。,なお、この改正案とともに「北海道一級町村制改正項目」「北海道二級町村制改正項目」が作成されたが、さらに
新札幌市史 第3巻 通史3 (函館請願の採否)

旧制度ヲ以テ支配サレテハ、函館市ヲ発達サセル所以デナイカラ、此函館ノ市ニ向ッテ区制ヲ廃シテ、内地ト同ジク市制,是モ至当ナル請願トシテ院議ニ付スルコトニ委員会ハ決定」した経過が述べられ、起立多数をもって函館に市制を,高嶋拓殖務大臣は「忽然市制ノ施行ヲ以テセントスルニ至テハ、亦是大体ヲ考察セス。,是皆区制町村制ノ成条ヲ見サルニ基ク所ノ誤謬ニシテ、固ヨリ深ク論ズルニ足ラス」と判断したのである。,要ハ速ニ区制ヲ執行スルニ在ルノミ……請願ハ之ヲ採用スヘキ限ニ非ス」との主張を了承し、「現ニ北海道区制町村制
新札幌市史 第3巻 通史3 (区制の特徴)

表-2 北海道区制と市制の構成 北海道区制    市制 章 款 条 章款の名称 章 款 条 章款の名称,市制町村制は官治的性格を強く持つとされている。,札幌区の成立は北海道における市町村制整備の出発点であった。,三十年区制にみられるように北海道区制と一、二級町村制は法体系上一つの構造的まとまりをもって生まれ、区を,なお、北海道一、二級町村制については第二章三節で触れる。
新札幌市史 第4巻 通史4 (法案成立)

こうした中で、大正十一年二月十七日「市制中改正法律案」の審議が始まった。,また、市制を施行する以上は府県同様に町村制を施行すべきだとする強い要望を受けて、塚本地方局長は次のように,北海道ニ於ケル区ニ対シテ市制ヲ施行スルナラバ、殆ド是ト区域ヲ同ジクシタ一級町村ニ対シテ、内地ノ町村制ヲ,、三月二十五日貴族院において、市制中改正法律案は可決されたのである。  ,とはいえ、道内一級町村に府県同様の町村制が準用されるのは昭和二年からで、これら特別自治制が廃止されるのは
新札幌市史 第3巻 通史3 (施行地)

施行地 一級町村制は内務省令第一九号(明33・5・19)をもって三十三年七月一日より、まず大野、上磯,これらに北海道区制、一、二級町村制が実施される過程は表7のとおりである。,すなわち、内務省令第七号(明35・3・13)により、四月一日より北海道二級町村制が施行となり、実施地が,北海道区制が札幌区に施行された明治三十二年十月一日から、市制に変わる大正十一年八月一日までを区制期と呼,、また「町村制」よりの北海道一級町村制と北海道区制という四地方制度が入り混じって存在したのである。
新札幌市史 第2巻 通史2 (自治のない区)

全国地方自治制度として施行された市制・町村制は北海道に適用されず、したがって札幌区民は区長を公選し議会,、漁業にみる季節的繁忙と一方の冬期間の行動の制約から自治権が認められなかったという(鈴江英一 北海道町村制度史,区民が市制・町村制の適用を求め、本州同様の地方公共団体となることを強く願ったのは、二十三年から開かれた,そこで市制・町村制を北海道にも施行し、道議会(植民議会)を設置し、衆議院議員の選挙を札幌で実施しなければならないとの
新札幌市史 第8巻1 統計編 (総説)

総説 5 選挙・吏員 区(市)町村会選挙  1888年(明21)に「市制」「町村制」が,翌89年,1897年に「北海道区制」「北海道一級町村制」「北海道二級町村制」が公布され,札幌区が99年に区制の,,札幌村・手稲村・豊平村・白石村が1902年に一級町村制の,篠路村・藻岩村・琴似村が1906年に二級町村制,のそれぞれ適用を受けた(その後,札幌区は1921年に市制施行され,豊平村は1907年に,琴似村は1923
新札幌市史 第4巻 通史4 (【主要参考文献・史料】)

【主要参考文献・史料】 『札幌市(区)会会議録』『市(区)会関係書類』『札幌市(区)事務報告』『市制準備関係書類,パンフレット)、清水凉「在職中の感想」『内館泰三筆記史料』一〇、『豊平町史資料 七』(以上文資)、『北海道区制町村制改正草案,』『町村制改正』『町村制施行書類』『一級町村制申請綴』『一級町村制施行調査書類』(以上道図)、『公文雑纂
新札幌市史 第3巻 通史3 (第三次小学校令と札幌)

しかし札幌はもとより、北海道では市制・町村制が未施行地であるという理由から、沖縄県と同様にこの第二次小学校令,北海道ではこれに代わって、二十五年四月の「市制町村制ヲ施行セサル地方ノ小学校教育規程」(勅令第四〇号),それは北海道区制や一級町村制は市町村制と比較して、法人の資格、組織、権限などに差異があり、学務委員の選任
新札幌市史 第3巻 通史3 (二つの運動)

近代国家形成の過程で法体系の整備が進み、明治二十一年(一八八八)公布の市制町村制は地方と中央の関係を明,み出され、国家統治の末端組織として強固に位置づけられたが、北海道はその適用除外地とされ、札幌に直ちに市制町村制,注意しなければならないのは、彼らが主張する市町村自治とは、全国一律の市制町村制の適用によるのではなく、,また市町村制の要求を含まず、むしろ現行制度を温存させておき、道議会開設を優先させようとしたもので、北海道庁,翌三十日(提出者百万梅治、工藤行幹)、ほぼ同内容の北海道議会法案を衆議院に提出したが、いずれも条文で市町村制
新札幌市史 第3巻 通史3 (三十年区制)

それは市制町村制を札幌に適用するのではなく、別制度の創出を前提にしたためだろう。,たとえば、市制町村制との調整はもとより沖縄の地方制度との関わり、施行地と公民資格の調査、道庁と市町村の,北海道に施行する特別自治制度を北海道区制、北海道一級町村制、北海道二級町村制と名づけ、勅令案として拓殖務省,(勅令一五九号)」「北海道二級町村制(勅令一六〇号)」として成立し、同日公布となった。,これの施行は区制が同年十月一日、一級町村制が翌年一月一日からとされた(拓殖務省令第七号)。
新札幌市史 第4巻 通史4 (第六期市会議員)

太平洋戦争の戦況が不利に傾く中で、昭和十八年三月十九日市制中改正法律が公布され、国策の浸透徹底のため市政,市制改正と同時に町村制も改正され、北海道一級、二級町村制は廃止され、一応全道に本州府県同様の町村制を施行
新札幌市史 第4巻 通史4 (貴族院修正)

其モノガ北海道ノ制度トハ離レテ一般市制ノ法律案中ニ突如トシテ現ハレルト云フ事ハ、如何ニシテモ法文ノ体ヲ,この意見が通ると、沖縄県で市制は施行されるが、北海道は不可能になる。,こうして北海道への市制適用は認められず、先送りとなった。,明らかになったわけで、今議会で札幌市制の本格的審議がなされた意義は大きい。  ,今期議会に市町村制改正案を提出する考へなる事、及び陪審法案枢密院の議決を経て議会に提案の事を物語りたるに
新札幌市史 第3巻 通史3 (三十二年区制)

三十二年区制 北海道や沖縄などを除く府県に市制町村制が施行されて一〇年が経過し、種々の問題点が表面化,道毎日は東京朝日新聞の記事を引用し「園田現任長官は客月に至り新に北海道区町村制の案を具して、之が審議を,この時点で、区制と一、二級町村制を分離する方針が明らかになった。,区長官選を公選に改め、区債制限をやめて区の自主事業を認める二点の改正により、区の自治権を強め、三十年区制を市制,内務大臣は総理大臣宛の請議文書で、その必要性を「現ニ函館ノ如キハ普通市制ノ施行ヲ希望シツツアル実況ニ」
新札幌市史 第4巻 通史4 (道会の論議)

区制と一級町村制は府県の市制町村制に類似するが自治権に差があり、いわんや二級町村制と戸長総代人制においては
新札幌市史 第3巻 通史3 (第五回配本にあたって)

本巻は、明治三十二年北海道区制が施行され、大正十一年の市制施行までの期間をおもに扱っております。,この間に、現在の札幌市域の町村へ北海道一級、二級町村制が施行されて、制限があるとはいえ、永年の念願でありました
新札幌市史 第4巻 通史4 (普通選挙)

普通選挙制は府県制・市制・町村制の改正によって、十五年六月二十四日から地方選にも適用されることになったが,、北海道では昭和二年十月一日に施行となった北海道一・二級町村制の改正をまって実施されるようになる。
新札幌市史 第4巻 通史4 (女子公民権案と市会)

婦選運動家たちは、女性を排除した普通選挙を非難、同年三月十日市川等の提案する四件(治安警察法中改正法律案、市制及町村制改正,けとばかりに十二月二十六日、札幌市会(第6回)に立憲政友会の木下三四彦議員により、「女子に公民権を与ふべく市制改正意見
新札幌市史 第2巻 通史2 (議会をもとめて)

たとえば久松は二十五年に『北海道新策』を発表し、北海道市制町村制私案を示し、札幌を市とし「東洋に於ける
新札幌市史 第8巻1 統計編 (3札幌区の統計事情)

1889年4月に施行された市制・町村制は,明治立憲体制下に地方自治体としての地位を確立したといわれるが,札幌で統計学研究会が発足した同じ時期,中央では杉の流れをくむ統計家達の間で,市制・町村制の公布にさきがけて,また1888年5月,彼は「市町村制ヲ読ム」,「今日ハ統計事業拡張ノ時期ナリ」(『呉文聰著作集 第2巻』,市制・町村制(89年施行)は北海道には適用されなかったが,札幌区民は同法の適用を求め,本州同様の地方公共団体,市制・町村制を背景として統計学研究会が発足し,統計書の編纂が進められたのは,浅羽施政の下で自治体としての
新札幌市史 第4巻 通史4 (新札幌市史 第四巻 通史四/総目次)

と行財政   第一節 市制への経緯…25     一 区制の課題        区制から市制へ  ,札幌の問題点  道会の論議  市制建議案     二 自治権拡張論        薄野遊廓移転問題,三 普選運動と市制        市制中改正法律案  政府案  第四四回帝国議会  貴族院修正  法案成立,経済更生計画   第六節 諸町村の行財政と町村会…173     一 諸町村の行政        一級町村制,の施行  一級町村制と村長選挙  混乱の藻岩村政  円山町の誕生        円山町の札幌市への合併
新札幌市史 第2巻 通史2 (区役所)

二十一年の市制・町村制も北海道に施行されず、三十二年の北海道区制までは札幌県治の行政機構が手なおしを経
新札幌市史 第3巻 通史3 (例言)

例言 一 本巻は『通史二』に引続き、明治三十二年北海道区制の施行から大正十一年市制施行に至るころまでの,この期間の札幌は、札幌区に北海道区制が施行されて、また現在では札幌市域に含まれる町村に北海道一級、二級町村制
新札幌市史 第3巻 通史3 (新札幌市史 第三巻 通史三/総目次)

二つの運動 自治論の特徴        井上内相の意見書 政府の方針        三十年区制 市制運動,二 篠路村        篠路村の概況 明治三十一年の大洪水        たび重なる洪水 二級町村制,       「戦後経営」と「民力涵養」   第三節 町村の行財政…190     一 北海道一、二級町村制,       町村制の整備 新制度の内容        施行地     二 町村役場と町村会
新札幌市史 第8巻1 統計編 (総説)

②1888年(明21)「市制」「町村制」制定  1888年「市制」「町村制」が制定され,市町村は地方公共団体,札幌区は「市制」の適用を受けず,1899年(明32)施行の「北海道区制」によってようやく法人格を認められた,区の財政制度は,財産の種類や設置方法および公債発行額に対する制限があるが,「市制」とほぼ同様であった。
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