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新札幌市史 第5巻 通史5下
(大谷・本願寺派と札幌別院)
大谷・
本願寺派
と札幌別院 真宗大谷派と浄土真宗
本願寺派
の北海道教区、および両札幌別院から近年の動向をさぐってみることにする,
本願寺派
では、北海道教区仏教壮年連盟が四十七年十一月に結成され、六十一年より差別問題、平和・人権に取り,写真-3 西本願寺(
本願寺派
)札幌別院 / 大谷・
本願寺派
と札幌別院
新札幌市史 第3巻 通史3
(相次ぐ新寺の創立)
1,700戸 7,443人 中央寺 曹洞宗 7.9 南6西3 850 5,950 本願寺札幌別院
本願寺派
,北5西20 76 294 大覚寺 曹洞宗 40.3. 12 元村町8 287 1,578 堯祐寺
本願寺派
, 41.5 北1東7 103 556 東説教所 大谷派 41.9 北3東3 - - 苗穂説教所
本願寺派
,明34. 11. 18 同 月寒村厚別北通 福住寺
本願寺派
明35. 10. 23 同 同 ,その中でも浄土真宗は多く、大谷・
本願寺派
が各七カ寺あり、次に曹洞宗四、日蓮宗三カ寺となっていた。
新札幌市史 第4巻 通史4
(婦人・女性の組織)
婦人・女性の組織 各寺院や宗派・教団には、
本願寺派
では札幌仏教婦人会(明31創設)、大谷派では婦人法話会北海道支会,西本願寺別院の札幌仏教婦人会は「真宗
本願寺派
ノ教義ヲ信奉シ王法為本ノ宗風ヲ実践シ以テ婦道ヲ高揚スル」ことが,札幌仏教女子青年会も
本願寺派
で結成され、大正十四年五月三日に発会式を行っていた。,後年の目的は「真宗
本願寺派
ノ教義ヲ信奉シ王法為本ノ宗風ヲ実践シ以テ女子ノ徳操ヲ涵養スルニ在リ」とされ、
新札幌市史 第2巻 通史2
(説教所の設立)
二十二年(真宗
本願寺派
、区内)、二十三年(浄土宗西山派、平岸村―のち順正寺)、二十四年(真宗
本願寺派
、,二十五年(日蓮宗、経王寺教会所、新琴似兵村―のち光明寺)、二十八年(真宗大谷派、上白石村)、二十九年(真宗
本願寺派
新札幌市史 第5巻 通史5下
(寺史の編纂)
昭和六十年代に入り開基一〇〇年を迎えるところが多くなり、安楽寺(
本願寺派
、厚別区厚別中央三―三)の『アンペラ,近年の百年史では、福住寺(
本願寺派
、豊平区福住一―一)が仏教婦人会の活動をまとめ、関係する講をとりあげている,点に特徴がある『他力の風にふかれて』(平11)、宝流寺(
本願寺派
、南区川沿九―二)が『地元の人びとに支
新札幌市史 第5巻 通史5上
(豊平町の寺院増加)
福住寺(大谷派、福住、明35)、新三井寺(天台宗、美園、明44)、妙現寺(大谷派、石山、大5)、光円寺(
本願寺派
,極楽寺(大谷派、平岸、昭25)、豊勝寺(
本願寺派
、平岸、昭25)、豊原寺(
本願寺派
、月寒、昭25)、大松寺
新札幌市史 第4巻 通史4
(地区の仏教青年会)
同じく鉄北では昭和十一年九月十二日に北八条仏教青年会が、北八条東三丁目の
本願寺派
説教所で発会している。,前者は大谷派、後者は
本願寺派
の組織であり、説教所附属の組織でもあったようである。 ,豊平町には大正十一年に親鸞主義をとる月寒阿修羅会が
本願寺派
の福住寺に創設されており(北タイ 大12・11
新札幌市史 第5巻 通史5下
(寺院の転入)
本願寺派
では浄光寺が昭和五十二年四月に沼田町、続いて広大寺が歌志内市より転入していた。,市外寺院の進出ということでは、
本願寺派
の萬行寺が四十五年五月に夕張市の萬行寺分院として設置されていた。,
本願寺派
の真宗寺は、大乗寺(豊平区平岸一―八)の手稲支院として五十三年、如来寺は川北支院として平成四年
新札幌市史 第2巻 通史2
(村落部寺院の創立)
. 18 丘珠村 真宗
本願寺派
安楽寺 32. 9 白石村 真宗
本願寺派
『北海道毎日新聞
新札幌市史 第2巻 通史2
(創立補助と維持)
また真宗
本願寺派
も十八年に布教使を派遣して布教方法を上申させた。 ,設立については、十二年設立願の提出された東
本願寺派
の琴似説教場の場合は「本山費ヲ以テ建築等候義ニ付」(
新札幌市史 第4巻 通史4
(仏教青年会)
仏教青年会 仏教青年会は、これまでにも
本願寺派
に仏教青年会が明治四十二年に設立されていたが、大谷派にも,
本願寺派
の札幌仏教青年会は、大正四年五月に創設五周年記念を迎えていたが、その後、「一時隆盛を極めしが現今稍不振,なお、後年の規約によると同会の目的は、「真宗
本願寺派
ノ教義ヲ信奉シ王法為本ノ宗風ヲ実践シ以テ皇国青年ノ,その他にも
本願寺派
では明治四十二年に、北八条東二丁目の本願寺説教所にて仏教同志会を組織し、講演会を中心
新札幌市史 第4巻 通史4
(寺院・説教所の増加)
たとえば大正十四年に
本願寺派
では大通西二二丁目に説教所を設置したがこれは、「西部札幌、即ち師範、桑園、,全部で五四カ所あり日蓮宗八、
本願寺派
六、大谷派五というのが多く創設していた宗派であった。,大 2 . 5 .30 大通西16 薮 尭俊 仏教婦人会 宝流寺
本願寺派
大 9 . 1 .,7 川沿町 柴田薫松 親和講,仏教婦人会,青年会 本願寺札幌別院
本願寺派
明11. 4 南4西5,北8東2 大 8 .12. 3 上守祐吾 500人
本願寺派
苗穂説教所 北3東10 明43. 3
新札幌市史 第5巻 通史5上
(寺院数の推移)
表-1 寺院数の推移 昭31 昭35 昭40 昭45 真宗大谷派 30 33 33 35 真宗
本願寺派
,教信寺(
本願寺派
)は三十一年に深川市から白石区菊水、大満寺(大谷派)も四十二年に長沼町より白石区北郷へ,真宗では大谷派が三五カ寺、
本願寺派
が二六カ寺、両派で六一カ寺と大部分を占めていた。
新札幌市史 第3巻 通史3
(〝宗都〟──札幌)
北海道布教を最も展開したのは曹洞宗ならびに浄土真宗、なかでも大谷派と
本願寺派
であった。,写真-4 北海道寺務出張所の新庁舎開所式 他の浄土真宗では、
本願寺派
がすでに八年に別院を設置していたが
新札幌市史 第5巻 通史5上
(市内の寺院数)
九 真言宗 九 浄土宗 三 本門仏立宗 二 天台宗 二 単一 二 真宗は大谷派、
本願寺派
,上宮院興隆寺(智山派上宮教会、北16東3)、日蓮宗で妙典寺(立正教会、南16西7)などがあり、二十二年は
本願寺派
新札幌市史 第4巻 通史4
(真宗の動向)
本願寺派
の西本願寺別院(南4西5)にも青年会、婦人会、日曜学校が設けられて活発な活動がみられたが、この,十一年十一月十八日には、「
本願寺派
北海道教区教務所及同派所属寺院説教所ノ行フ興学布教及社会事業ノ為メニ,要スル経費ヲ支弁ス」る真宗
本願寺派
北海道教区教学財団も設立されている(法人一覧)。,教育・社会事業では、大谷派では明治三十九年に北海女学校を設置していたが、
本願寺派
でも大正六年九月にいたり
新札幌市史 第3巻 通史3
(仏教団体の生成)
本願寺派
では、西本願寺別院内に設置されていた夜学中学会に、仏教青年会が四十二年に設立されている。,北八条東二丁目の
本願寺派
説教所では、四十一年に札幌仏教同志会を設立し、毎月十九日に講演会を開いていた。
新札幌市史 第3巻 通史3
(教団・教派幹部と高僧の来札)
年 5 月 大谷光演(大谷派東本願寺法主) 39年 8 月 大内青巒 39年 9 月 大谷光瑞(
本願寺派
東本願寺法主,西本願寺連枝) 43年 8 月 瑜伽教如(真言宗前管長) 45年 7 月 九条武子(仏教婦人聯合会本部長、
本願寺派
新札幌市史 第5巻 通史5下
(寺院数の増加)
昭57 昭62 平4 平9 平14 真宗大谷派 38 39 39 37 39 42 43 浄土真宗
本願寺派
,次に各宗派・教団別にみると、四十七年では真宗大谷派三八、浄土真宗
本願寺派
二七、曹洞宗一八、日蓮宗一五などとなっていた,これが平成十四年では、それぞれ増加して大谷派四三、曹洞宗三七、
本願寺派
三一、日蓮宗二六などとなり、特に,西区山の手3-5 平10・ 5・26 慧照寺 同 南区澄川458 平14・11・29 萬行寺
本願寺派
,大谷・
本願寺派
は一部、北海道教務所の調査を含む。単立は未掲載。
新札幌市史 第4巻 通史4
(民力涵養・作興詔書と教化運動)
ただその後、大谷派や
本願寺派
の仏教青年会にて仏教民力涵養講演会が開催されたが、実際的に低調な取り組みに,になると「作興詔書」の普及をめざして各宗派では、国民精神作興の講演会などをそろって開くようになるが、
本願寺派
新札幌市史 第4巻 通史4
(戦時下の仏教)
たとえば
本願寺派
では、法主の大谷光照を迎えて西本願寺別院主催にて、開戦一周年となる十三年七月二十六日に,太平洋戦争が開戦となる十六年十二月以降には
本願寺派
、大谷派、曹洞宗、日蓮宗などでは報国団も結成され、「
新札幌市史 第2巻 通史2
(各宗派連合活動への動き)
この時期よく登場したのは児谷玉鳳(真言宗)、朝日正道(真宗
本願寺派
)、龍山智(雷雲、同)、加藤恵証(同
新札幌市史 第2巻 通史2
(各宗派の布教)
真宗
本願寺派
は二十二年頃から体制の整備が進んだが、二十六年四月に真宗教会本部出張所を札幌に置き、開教事務
新札幌市史 第2巻 通史2
(説教所)
このほか、『豊平町史』には、三十五年寺号公称の真宗
本願寺派
の福住寺について十一年頃から説教所のあったことが
新札幌市史 第3巻 通史3
(戦意高揚)
」 高野瞬全(北海寺住職) 「勅語と仏教」 林玄松(新善光寺住職) 「勇猛精神」 奥田教正(
本願寺派
布教使
新札幌市史 第4巻 通史4
(堯祐幼稚園)
同幼稚園は
本願寺派
に属する堯祐寺の住職・藪堯俊が「御大典」を記念する社会事業として、建設を進めていたものである
新札幌市史 第2巻 通史2
(各宗派の仏教布教)
真宗
本願寺派
では二十年八月に西本願寺法主明如が来札し、また三十一年には明治初年大教院分離運動の中心となるなどで
新札幌市史 第2巻 通史2
(東本願寺別院)
なおこの当時、
本願寺派
が「管刹」と呼んでいたものを、官側は「掛所」(この場合は別院の資格のない支院をさすと
新札幌市史 第5巻 通史5下
(「都市開教」)
浄土真宗
本願寺派
の北海道教区でも、壇信徒の増減と移動に関するアンケート調査を行っており、その結果が「門信徒移動,
本願寺派
は道内を一六組に分け、札幌組は札幌市および石狩支庁管内であり四五寺が所属している(平成十一年現在
新札幌市史 第4巻 通史4
(北海道博覧会と仏教界)
本願寺派
では大谷尊由を迎えて、八月二十七日に拓殖功労者大追悼法要と記念伝道が西本願寺別院にて行われ、九月一日
新札幌市史 第2巻 通史2
(寺院等と行事)
真宗大谷・
本願寺派
別院では報恩講などが盛大に行われ、また二十七年一月四日には祖師見真大師(親鸞上人)の
新札幌市史 第5巻 通史5下
(教団史の編纂)
本願寺派
では五十九年より開教史編纂の事業に取り組み、一時、中絶をはさみながら現在も継続され、不定期ながら
新札幌市史 第5巻 通史5上
(仏教団体の活動)
以上の運動は主に真宗大谷派と
本願寺派
が中心となっていたが、両派は提携して二十二年から夏期講習会を開催し
新札幌市史 第3巻 通史3
(仏教系女性団体)
仏教系女性団体 仏教系の女性団体で、もっとも顕著な活動をしたのが浄土真宗
本願寺派
に属する札幌婦人教会
新札幌市史 第8巻1 統計編
(総説)
第336表からは市内の五大寺院といわれる本願寺別院(大谷派),本願寺札幌別院(
本願寺派
),新善光寺,中央寺,宗派別の寺院数では
本願寺派
,大谷派,興正寺などのある真宗が多いのが札幌市の特徴であった。
新札幌市史 第1巻 通史1
(西本願寺)
従来、松前藩の時期には東本願寺が藩領内では独占的な勢力をもち、西
本願寺派
寺院の進出は許されていなかった
新札幌市史 第2巻 通史2
(【主要参考文献・史料】)
)、『天理教伝道史 九』、多屋弘ほか『東本願寺北海道開教百年史』、曹洞宗『宗報』、『本山月報』(真宗
本願寺派
新札幌市史 第2巻 通史2
(区内学校の設立と再編)
また区内鉄道線路以北については、二十五年に浄土真宗
本願寺派
太子堂で寺子屋式教育が始められ、これが発展して
新札幌市史 第4巻 通史4
(仏道宗教結社)
円山南6-1 坂本玄善 30人 本妙法華宗円山結社事務所 円山3-2 丹波智勝 276人 浄土真宗
本願寺派
円山説教所
新札幌市史 第5巻 通史5下
(例言)
札幌芸術文化振興財団、札幌彫刻美術館、北海道神宮、手稲神社、信濃神社、真宗大谷派北海道教務所、浄土真宗
本願寺派
北海道教区教務所
新札幌市史 第5巻 通史5下
(新札幌市史 第五巻 通史五(下)/総目次)
増加 寺院の転入 「都市開教」 四 教区事業と開教史・寺史の編纂 大谷・
本願寺派
新札幌市史 第5巻 通史5下
(図版・写真・表組一覧)
ライブラリー提供) (975頁) 写真-2 護国神社(札幌護国神社提供) (979頁) 写真-3 西本願寺(
本願寺派
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