機関トップ
資料グループ
テキスト一覧
年表一覧
キーワード一覧
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ
トップページ
詳細検索
詳細検索
目録
テキスト
年表
キーワード
その他(トップページ等)
検索条件を追加
目録
テキスト
年表
キーワード一覧
その他(トップページ等)
AND
OR
NOT
年号変換
閉じる
検索結果
: 26件
辞書ファセット
○○○
△△△
10件
20件
50件
100件
(並べ替え)
テキストタイトル(昇順)
テキストタイトル(降順)
ページタイトル(昇順)
ページタイトル(降順)
掲載ページ(昇順)
掲載ページ(降順)
/ 1ページ
新札幌市史 第1巻 通史1
(八幡宮の勧請)
それによると、八幡宮を「
東西蝦夷地
惣鎮守といたし立祠造営」するもので、「天下泰平、国家安穏、五穀豊穰、
新札幌市史 第1巻 通史1
(和人地と蝦夷地)
とし、熊石以北の地を西蝦夷地または上蝦夷地、亀田から東を東蝦夷地または下蝦夷地と称し、知床岬をもって、
東西蝦夷地
新札幌市史 第1巻 通史1
(サッポロ調査)
四回目は安政五年(戊午)の
東西蝦夷地
を縦横に巡った大踏査行で、今回は厳冬の中をウスより中山峠付近を越え,マコマナイを経て二月にサッポロの地に入り、トイヒラ、コトニ、ハッサム、フシコを通過してゼニバコに抜け、さらに
東西蝦夷地
巡回後
新札幌市史 第1巻 通史1
(【主要参考文献・史料】)
『松前随商録』(函図)、『松前志』(国公文)、『北藩風土記』(函図)、『西蝦夷地分間』(東大史)、「
東西蝦夷地
場所附
新札幌市史 第1巻 通史1
(松浦武四郎と蝦夷地)
弘化二年(一八四五)を皮切りに、翌三年と嘉永二年(一八四九)の三回にわたって
東西蝦夷地
のみならず、カラフト
新札幌市史 第1巻 通史1
(エンカルシベの山霊)
イシカリに「
東西蝦夷地
総鎮守」の設立が企図されたのは、荒井金助がイシカリに本府をおき、将来は日本の〝北京
新札幌市史 第1巻 通史1
(松前蝦夷御用取扱)
寛政十年、幕府は連年異国船が蝦夷地に来舶するようになり、北辺の不安が高まってきたため、
東西蝦夷地
の調査
新札幌市史 第1巻 通史1
(蝦夷地用向勉勤)
これからアバシリまで行き
東西蝦夷地
の境をたしかめ、また太平洋岸を経て九月三十日箱館着、十月十九日まで滞在
新札幌市史 第1巻 通史1
(入北記)
入北記 (三)は、雲・行・雨・施の四巻で構成され、
東西蝦夷地
、カラフトの巡回の記録である。
新札幌市史 第1巻 通史1
(寛政十年蝦夷地調査)
一行は、
東西蝦夷地
二手に分かれて調査を行った。西蝦夷地調査隊は、三橋藤右衛門等上下二七人であった。
新札幌市史 第1巻 通史1
(産物会所とのつながり)
安政四年八月には問屋小宿に「北蝦夷地の内御直捌御荷物は勿論、
東西蝦夷地
御請負人積送幷手船買請荷物共、不残御会所
新札幌市史 第1巻 通史1
(十三場所の変遷と請負人)
6は、天明六年『西蝦夷地場所地名産物方程控』(以下『産物方程控』と略記)に記録されて以来、寛政四年『
東西蝦夷地
場所附,阿部屋専八 阿部屋専八 八森屋文六 斎藤屋武右衛門 二〇両 三〇両 三七両 四〇両 三五両 三五両 7 『
東西蝦夷地
場所附,北藩風土記』では「イシカリ十三ケ所」、『産物方程控』では、「石狩拾弐ケ所」、また『松前随商録』および『
東西蝦夷地
場所附
新札幌市史 第1巻 通史1
(松前藩の反撃)
所詮此島ニ人共(シャモ)ヲ置ハムツカシ松前殿(カモイトノ)ヲ始一々ニ討殺シ先祖以来ノ無念ヲ可散 と
東西蝦夷地
新札幌市史 第1巻 通史1
(稲荷丸と山田家出稼荷物)
ユウフツ御場所川下け名代免判」を山田家に与え、しかも、イシカリへの立船に役銭減免の優遇措置をとってきた(
東西蝦夷地
場所請負人問屋共
新札幌市史 第1巻 通史1
(構成と内容)
(三)は
東西蝦夷地
、(四)はカラフト、(五)は千島列島及びカムチャツカ半島のことである。
新札幌市史 第1巻 通史1
(四望開豁)
一次調査が
東西蝦夷地
に主眼をおいたので、須藤の報文はカラフトのみを取り上げ、イシカリの記事はない。
新札幌市史 第1巻 通史1
(イシカリの詰役)
「
東西蝦夷地
場所詰正月廿八日被仰付候公辺御役方面附写」(松前箱館雑記 巻五)によると、イシカリ・アツタ
新札幌市史 第1巻 通史1
(新道の必要性)
写真-2 石狩川を下る丸木舟(西蝦夷図巻より) 安政三年に入り、松前藩より
東西蝦夷地
の各場所引継のために
新札幌市史 第1巻 通史1
(西蝦夷地見回りへ)
八月二日堀田正敦は、
東西蝦夷地
を二手に分けて見回る命を下し、近藤重蔵らは西蝦夷地の見回りを行うこととなった
新札幌市史 第1巻 通史1
(民族的蜂起)
至るアイヌの多くは、一斉に蜂起し、蝦夷地にいた商船を襲い、つぎつぎに和人の水主、鷹待、金掘を殺戮し、
東西蝦夷地
新札幌市史 第1巻 通史1
(大内清右衛門の偵察)
福山、箱館、江差への米穀の移入高、諸国より入津の船数、④場所請負人・アイヌの状況、⑤外国船の状況、⑥
東西蝦夷地
新札幌市史 第1巻 通史1
(嶋田熊次郎)
彼の側近では用人久住九兵衛が『
東西蝦夷地
日記』を書いたが、残念ながらイシカリの部分の所在がわからない。
新札幌市史 第1巻 通史1
(開拓論・国防論)
天明五年三月、福山に到着した山口鉄五郎以下三二人の蝦夷地調査隊は、
東西蝦夷地
の二手に分かれ、松前藩からも
新札幌市史 第1巻 通史1
(イシカリ要害論)
①イシカリ川について イシカリ川は総蝦夷地(この場合
東西蝦夷地
の意か)の中央にあり、かつ第一の大河
新札幌市史 第1巻 通史1
(田草川伝次郎)
田草川伝次郎 これに対し、次の文化四年の場合は、
東西蝦夷地
ともに直轄領になっていた時のものである。
新札幌市史 第1巻 通史1
(井上貫流一行)
東西蝦夷地
を結ぶ両関門は、直轄とともにさらに交通の要路として人や物の往来が盛んとなり、交通手段をはじめ
/ 1ページ