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新札幌市史 第4巻 通史4
(札幌音楽協会)
札幌混声合唱団でバスを歌う東末吉、大正十三年から昭和十四年まで庁立高女で英語を教えたピアノ奏者の小川隆子、そして
田上
義也
,によるバッハの「春のめざめ」、レーク夫人によるソプラノ独唱、シューベルト「魔王」、そのほか北光トリオ(
田上
義也
,として、音楽諸機関の連絡・統制、演奏会・講演会・講習会・コンクールの開催、機関紙の発刊などを掲げている(
田上
義也
旧蔵史料
新札幌市史 第4巻 通史4
(総合誌『北海道』)
評論は早川三代治「郷土文学について」、
田上
義也
「ミスレーニアス・ど・あとりえ――音楽に関する断片(A),『北海道』がいつまで刊行されたか不明であるが、短詩型文学を組みこんだ総合的な雑誌であり、早川三代治、
田上
義也
新札幌市史 第4巻 通史4
(関東大震災後の札幌の文化)
人の移動を具体的にみれば、たとえば旧帝国ホテルの建設にかかわった
田上
義也
(のちに札幌新交響楽団の創立にかかわる,
田上
義也
は昭和四年に回想している、 六年前の(北光)トリオ創設当時の本気さだ、震災に追はれたセロの飯田
新札幌市史 第4巻 通史4
(「バチェラー学園」の財団法人化)
昭和五年十月には札幌で、バイオリニスト兼建築家として知られていた
田上
義也
による「バチェラー博士に捧ぐる,
田上
義也
提琴演奏会」が開催された(北タイ 昭5・9・29、10・4)。
新札幌市史 第4巻 通史4
(交響楽団)
第一部は、鈴木清太郎がスポットを浴びて独演するピアノ奏鳴曲「月光」、そして
田上
義也
指揮、交響楽第五番「,
田上
義也
の手元にあったちらしには、「音楽は、札幌市に於ける最優秀の楽人のみを以て選抜結成された本道空前,「試演会」でもべートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」が鈴木のピアノで演奏されるとともに、交響曲「運命」が
田上
新札幌市史 第4巻 通史4
(文化団体の叢生)
大正十二年九月に結成された札幌音楽協会について、『北海道年鑑』(昭3)では、「北光トリオの
田上
(
義也
),すでに述べたように
田上
義也
が札幌に来るのは大震災が契機である。,アンサンブルの代表的室内三重奏団」と『北海道年鑑』(昭3)に紹介される北光トリオは、大正十二年の大震災後に、
田上
義也
新札幌市史 第4巻 通史4
(ジョン・バチェラーと「アイヌ保護学園」)
その設計者は
田上
義也
である。
新札幌市史 第4巻 通史4
(『北方文芸』創刊)
音楽の伊福部昭、
田上
義也
、鈴木清太郎、美術の能勢真美、高木黄史、山根策雄、山田義夫、学者の高倉新一郎、,高倉新一郎「北海道文化の特徴」、
田上
義也
「北海道と建築に関して」などの論文が載り、牧屋善三の寄稿「歴史
新札幌市史 第5巻 通史5上
(放送管弦楽団と放送交響楽団)
また地元の指揮者として、建築家で札幌新響の指揮者でもあった
田上
義也
や、北大音楽科教授の遠藤宏がステージ
新札幌市史 第5巻 通史5下
(市民芸術祭と芸術文化振興)
には芸術文化部門の市長表彰がなされるようになり、第一回は俳句の鮫島交魚子(さめじまこうぎょし)、建築の
田上
義也
新札幌市史 第4巻 通史4
(婦人見学団)
この日は家畜と戯れ、デンマーク人模範農家ラーセン氏からデンマークの婦人運動の話を聞き、
田上
義也
氏のバイオリン
新札幌市史 第4巻 通史4
(【主要参考文献・史料】)
コレクション』(北大図)、『多米浩旧蔵資料』(文資)、『九島勝太郎旧蔵資料』(札幌市教育文化会館蔵)、『
田上
義也
旧蔵資料,』(
田上
家蔵)、『札幌の絵画』(さっぽろ文庫17)、『札幌の彫刻』(同21)、『札幌の演劇』(同25)
新札幌市史 第4巻 通史4
(展覧会場)
本間昭夫の家 12 メソジスト教会 13 商業(工)会議所 版画展覧会 14 時計台 北中展覧会,
田上
義也
,素月社日本画展 30 三吉神社 升家謙三洋画個人展,札幌素人書画会 31 亀屋 加藤悦郎第二回似顔漫画個人展,
田上
義也
設計
新札幌市史 第4巻 通史4
(演奏家の来札)
演奏家の来札 すすきのアカシヤ楽器店の石井春省は、
田上
義也
との共同事業で昭和六年一月に純粋音楽社を設立,初めシゲッティ、ダルモンテ、新響と云ふ風に全く社は生命がけで交渉しても中止」となり困難に直面したと、
田上
新札幌市史 第4巻 通史4
(戦時下の音楽)
改組した札幌音楽協会の大衆への「指導」の中身は、『札幌音楽協会、昭和十七年度会務報告』(
田上
義也
旧蔵史料
新札幌市史 第4巻 通史4
(ラジオ放送局の開局)
同おふじ,上調子寿満子 21:10 トリオ 北光トリオ 1.ザベルズデピシー作 ヴァイオリン
田上
義也
新札幌市史 第4巻 通史4
(民衆文化論の登場)
たとえば、大正十五年六月に菅野省三・石井春省・飯田実・東末吉・
田上
義也
らが「民衆的な大音楽団」を創立しようともくろんだ
新札幌市史 第4巻 通史4
(建国祭音楽祭)
そして小川隆子・横尾雪子・
田上
義也
・朝山綾子といった新しい担い手が年ごとに主役になってゆく。
新札幌市史 第4巻 通史4
(黒百合会の美術活動)
北海道美術協会が主催で、黒百合会が後援したが、建築家
田上
義也
の斡旋により実現したものであった(北海道美術史
新札幌市史 第4巻 通史4
(昭和五~七年頃の札幌の大衆文化)
そして秋のシーズンは、庁立札幌高女校友会主催の公開演奏会、札幌混声合唱団の公開演奏会、
田上
義也
のバイオリン
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