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札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

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新札幌市史 第5巻 通史5上 (竜神信仰)

この雨水をつかさどる神として重視されたのが竜神であり、海、滝、川、池などと蛇神信仰が結びついて地域独特,竜神碑の前で、かつては雨乞いを行ったという伝承を持つのが、真駒内川河川敷にある竜神塚である。,明治十二年に真駒内牧牛場が真駒内用水路を開削した際に、真駒内川の蛇行点にあった蛇塚がその発祥とされる。,しかし、真駒内の宅地開発が進み、竜神塚の例祭も滞ってしまったが、昭和四十七年に駒岡の吉川沢美が自宅の紅鱒養魚地,平成二年八月には、真駒内の有志が発起人となり祠を新築し、竜神塚をお守りする会を発足させ、竜神祭り(九月
新札幌市史 第4巻 通史4 (字名の設置)

真駒内、石山、常盤(ときわ)、藤野、砥山(とやま)、簾舞、豊滝(とよたき)、定山渓、以上の二四字を改称,,機械場,西山,厚別,滝ノ下,滝ノ上,厚別器械場 平岸 平岸,東裏,麻畑,簾舞,定山渓,真駒内,中島,,精進川,山ノ上,裏 中ノ島 中ノ島,中河原,中島,真駒内 澄川 精進川,真駒内,東裏,平岸,山ノ上,望月寒,,清水川坂ノ上,焼山精進川沿 真駒内 真駒内,石山,精進川沿 石山 土場,真駒内,真駒内川沿,穴ノ沢,,穴ノ川尻,石山,簾舞,穴ノ川沿,簾前,穴ノ川口,ミソマップ,ミスマイ 常盤 真駒内,真駒内川沿,簾舞
新札幌市史 第1巻 通史1 (札幌扇状地)

図-4 扇状地と山麓緩斜面  札幌扇状地は、南区真駒内の南端、標高九〇メートル付近を扇の要として,この札幌扇状地は単一の地形面ではなく、真駒内から中の島間の豊平川右岸(東側)でみられるように、比高一五,この平坦面の頂点が真駒内川沿いの警察学校付近(標高九〇メートル)であり、末端部は北海学園大学付近(同三,札幌面は真駒内泉町付近(標高八〇メートル)を頂点として北に広がっている。,石山陸橋付近から真駒内方向に流れていたと考えられる。
新札幌市史 第2巻 通史2 (熊害)

28 熊害と獲殺概要(明治二十年代の新聞による) 年月日 場所 概要 20・6・  平岸村真駒内放牧場,6・14 山鼻村渥美直茂所有地東南豊平川傍 円山村原田与吉外三人、親熊一頭子熊二頭を発見、子熊一頭を斧,22・1・22 平岸村真駒内と石山への岐道より石山ヘー四、五丁 大熊一頭、小熊二頭を連れ耕地を荒らすと,9・6 平岸村真駒内字中島 放牧場へ真駒内種畜場の放牧中の馬三頭、熊により重傷。,25・10・12 平岸村真駒内種畜場字中島 放牧中の馬二回熊に襲われ、頭部、臀部を傷つけられる。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (その他の金属鉱山)

豊平町、江口達夫)、③鹿内(金・銀・銅・鉛・亜鉛・硫化鉄マンガン、豊平町・京極村、松浦虎五郎)、④軽川(,鉄、手稲村、針田喜市)、⑤無意根(鉄、豊平町、砂川善太郎)、⑥臼(薄?),別(金・銀・銅・鉛・亜鉛、豊平町、有限会社本龍鉱山)、⑦真駒内(鉄、豊平町常盤、三谷栄次郎)、⑧本龍(,二十七年七月末現在では、豊宏一五人、第二本龍(金・銀、豊平町、有限会社本龍鉱山)六人、真駒内一一人、本龍二五人,豊富(鉛・亜鉛・硫化鉄、豊平町定山渓、三井金属鉱業株式会社)二人、無意根(三泉鉱業株式会社)二五人、真駒内二人
新札幌市史 第5巻 通史5上 (『札幌市建設五年計画』の策定)

街路の改良・舗装として白石駅前通(白石通~中の島通)、東八丁目通(北一条通~栄町)、平岸通(南九条通~真駒内駅,北8東1,拡幅・舗装 札幌支笏湖線 札幌丸駒線,開削 平岸~市界,整備舗装 平岸~湖畔,拡幅・舗装 真駒内御料地,(札幌)線 札幌夕張線~清田~真駒内,整備舗装 12号~36号,拡幅・舗装・橋梁新設 小樽定山渓線,新川,拡幅・舗装 西野真駒内停車場線 西野~真駒内駅,拡幅・舗装・橋梁新設 東札幌停車場線 南一条大橋,,改良・舗装・橋梁新設・道道昇格要望 札幌支笏湖線の路線変更 平岸通,改良・舗装・道道昇格要望 真駒内西
新札幌市史 第5巻 通史5下 (二 その他の鉱山)

とはいえ、それは四十年代末から五十年代初めにかけて茨戸、石狩、当別など石狩川下流域を中心にほそぼそと存続,その後一〇年ほどの空白を置いた平成元年、石油資源開発(株)が南区真駒内で石油・天然ガスの試掘作業を行ったことがある,「市営地下鉄真駒内駅から南へ五・六キロの現場『南月寒SK-1号井』では、二十日までに動力装置のテストや,写真-3 真駒内でのガス・油田試掘を伝える『道新』記事(道新 平2.1.22)  南月寒と名付けられたこの,表-79 札幌市域・石狩川河口付近における石油鉱山等(昭和47年以降) 年末 鉱山名 鉱業権者 従業員
新札幌市史 第3巻 通史3 (大字平岸村)

大字平岸村 大字平岸村は豊平川上流域まで含む広域であったが、三十三年の戸数は三三八戸、人口は一七六五人,三十三年に平岸村に公有地を審議する評議員が設置された時に、平岸村では本村、中嶋、東裏、山ノ上、真駒内、,三十三年当時は、「字石山に軟石採掘業ヲ営ナムノ十数戸、字真駒内ニ種畜場牧夫タルモノ十数戸ヲ除ク外農専業者
新札幌市史 第5巻 通史5上 (農村電気施設導入事業)

1,550 東米里,盤渓  36 7 124 10,151 1,112 中野西部,下福移,丘珠東中部,真駒内開拓,13,848 2,536 西岡,真栄,盤渓  41 3 24 5,590 1,848 真栄,有明,常磐,白井川  ,42 8 19 4,904 1,608 真駒内,南有明,宮ノ森・拓北・南ノ沢,石山・豊滝,月寒・澄川,,なお,昭37には表示したもののほかに,小滝沢,野津幌,厚別,真駒内,小野幌,発寒,南ノ沢の7地区の農家
新札幌市史 第5巻 通史5上 (各地域の水道)

豊平町には、月寒水道、定山渓水道、羊ヶ丘水道、真駒内水道、平岸水道があった。,しかし二十八年手稲鉱山の事業縮小に伴い交渉の末、二十九年星置川の水利権ともども水道施設が手稲町に寄付され,表10のように拡張を行い、四十二年合併後は札幌市で拡張事業を継続し、三十九年には軽川からも水利権を獲得,その他昭和三十年代に造成された住宅団地には、真駒内団地水道、ひばりが丘水道、下野幌水道があった。,真駒内水道は、三十四年から造成された道営住宅団地である真駒内団地にさく井を水源として、三十五年一月から
新札幌市史 第1巻 通史1 (滝野丘陵)

この丘陵地は、厚別川・山部川・月寒川・真駒内川などにより複雑に浸食され、稜線部は定高性を示しているが、
新札幌市史 第2巻 通史2 (周辺村落との連絡路)

表-9 開拓使時代道路開削 4年 創成通円山間(南1条通),豊平川平岸村間(平岸街道),札幌元村篠路村間,篠路村花畔村間 9 円山小樽間道路修繕,雨竜通篠路駅逓間道路修繕,石山新道開削(国道230号),山鼻村真駒内間,,真駒内穴の沢間 12 豊平村平岸村間 13 平岸村穴の沢間 14 市街篠路村茨戸間 『開拓使事業報告
新札幌市史 第4巻 通史4 (婦人見学団)

なかでも第三回の見学地は、真駒内種畜場で、丸髷に着物姿の幼い子供連れの若い女性が多いことが写真からもうかがわれる,写真-14 第3回婦人見学団 大正14年10月8日真駒内種畜場にて(北タイ 昭2.1.1),,測候所 2 14. 9.15 200 サッポロビール会社,煉乳会社 3 14.10. 8 400 真駒内種畜場,15.10. 1 200 北海道美術展覧会(中島公園) 11 15.10.15 100 石狩(石狩川下
新札幌市史 第5巻 通史5上 (土地区画整理事業の展開)

また鉄東地区のように伏籠川により発展が阻害されているような地区からも区画整理の要望が出されるようになった,~39 109 63,280 中の島 S33~44 89 90,030 小計 538 個人共同 真駒内団地,S34~41 165 1,810,488 羊ヶ丘 S32~39 44 354,423 真駒内北 S47,502,500 定山渓 S42~46 37 220,000 二十四軒北 S41~47 95 974,000 真駒内本町,865,000 東苗穂 S45~51 96 2,000,000 北郷中央 S47~51 37 790,000 東川下
新札幌市史 第4巻 通史4 (農業試験機関の充実)

②北海道庁種畜場(明9・9設立)……平岸村字真駒内に設立された真駒内種牛場が、明治十九年二月北海道庁所管,となり、同年七月真駒内種畜場と改称され、さらに明治二十六年二月北海道庁種畜場と改称された。,十二年三月月寒種羊場は滝川種羊場月寒分場となったが、十三年二月畜産試験場北海道支場・滝川種羊場月寒分場
新札幌市史 第2巻 通史2 (市外との連絡路の整備)

19年度 琴似新道(道道琴似停車場新琴似線)及び新屯田道路(俗称新琴似4番通,正式名称は西部から道道樽川篠路線,継続事業).札幌原野の道路. 20年度 江別新道開削.札幌区内道路開削.札幌近傍原野道路開削.平岸村真駒内間道路,(道道真駒内支笏湖線?),開削.豊平橋架換え(準備). 21年度 平岸村真駒内間道路改築.豊平橋改造.江別月寒間(道道江別恵庭線,)道路開削.札幌区内道路開削.札幌近傍原野道路開削. 22年度 発寒川架橋.札幌江別間道路開削.月寒江別間道路開削
新札幌市史 第5巻 通史5上 (グラビア)

「詫びる」静修女学校の生徒 2 札幌駅前通を進駐するアメリカ軍 (昭和20年10月5日) 3 真駒内,都心部(昭和32年10月1日) 6 望楼から西(大通)を望む(昭和26年) 7 望楼から北(創成川通,)を望む(昭和26年) 8 望楼から南(創成川通)を望む(昭和33年6月) 変わる市民生活 9 ,22年7月17日の「食糧よこせデモ」 主食欠配60余日におよび市民約4000人が参加 10 創成川沿,18 ジャズ・クラシック喫茶「未完成」南5条西4丁目(昭和30年頃)   19 道営真駒内団地 元進駐軍家族居住地区
新札幌市史 第5巻 通史5上 (地元建設会社と主な工事)

昭和二十・三十年代に伊藤組が手がけた札幌市域の主な工事をみると、真駒内米軍キャンプ(昭21・2~23・,として北海道庁新庁舎(昭43・8落成)があり、同じく伊藤組と鹿島建設、岩倉組土建との共同企業体として真駒内,札幌市域の主な工事は、真駒内下水処理場(昭36・8)、西創成小学校改築(昭36・11)、新川下水処理場
新札幌市史 第1巻 通史1 (軽石流の分布)

このような溶結凝灰岩の分布をみると、前記の石山付近をはじめ軽石流が厚く堆積している地域で、真駒内より南,の石山地区や精進川沿い、山部川沿い、真栄以南の厚別川流域などである。  ,つまり、南区の澄川を含めて、豊平区、白石区の高台住宅地の大部分がこの軽石流堆積物の上に立地しているのである,また、白石区の北郷、川北、川下などの低地帯地下にも分布している。
新札幌市史 第7巻 史料編2 (四 官有地・官林)

四 官有地・官林 四二 月寒・望月・精進川・ハツタリベツ等官林の件(明治六年一一月一三日) 四三 ,札幌郡山林区別(明治一〇年一〇月一八日) 四五 官林私林の外すべて公林の件(明治一一年六月一一日) 四六 真駒内一円官用
新札幌市史 第1巻 通史1 (市域の分布調査)

市域の分布調査 昭和三十八年、岩崎隆人、宇田川洋、河野本道、西野彰子による札幌市域の遺跡分布調査の成果,これによると札幌市域には、都心部、発寒川、琴似川の流域、丘珠、南部の平岸より真駒内にかけての丘陵地帯、
新札幌市史 第1巻 通史1 (旧琴似川の遺跡群)

旧琴似川の遺跡群 札幌市内においても旧琴似川流域で、擦文時代の竪穴住居跡が集中してみつかっている。,旧琴似川は、現在そのほとんどは失われ、かろうじて一部用水路として残っているだけである。,、円山・宮の森方面の山から流れてくる河川(ケネウシペツ川など)を現在の中央競馬場北側付近であわせ、札幌北高等学校付近,をへて、麻生町にいたり、篠路町でフシコサッポロ川に合流していた河川である。,また、旧琴似川の上流部にあたる札幌扇状地上(標高二五~三〇メートル)、真駒内から藤野にかけての豊平川の / 旧琴似川の遺跡群
新札幌市史 第5巻 通史5上 (郵便局の増設)

現札幌中央)、琴似(現札幌西)、篠路、石狩白石(現白石中央通)、厚別、月寒(現豊平)、定山渓、藤野、軽川(,月寒287),琴似山の手(琴似町山の手),札幌中央市場前(円山北町) 昭38 月寒駅前(白石町南郷),真駒内上町,(真駒内上町3),札幌藻南(川沿町),発寒(簡易 手稲町字前田),札幌北四十条(北40東1),琴似八軒,(琴似町八軒),札幌北二十四条(北24東8) 昭39 厚別旭町(厚別町旭町),澄川(澄川),札幌円山(,,昭45月寒中央通に改称),札幌北三十三条(北33東1) 昭42 真駒内泉町(真駒内泉町2),札幌北三十四条
新札幌市史 第5巻 通史5下 (本州大手企業のビル建築)

ワシントンホテル、ファミール札幌  49 中島公園ハウス 安田生命札幌ビル、京王もなみマンション、澄川ハイム,厚別副都心商業センター、北海道立近代美術館、雪印乳業史料館 市民生協大谷地店、琴似二十四軒住宅  53 真駒内高層住宅,ターミナルビル(そごう) 札幌国際スキー場 札幌ターミナルビル(そごう)  54 北3条共同ビル コープ野村澄川第,札幌ビル ホクレンビル、東京海上ビル  56 札幌東邦生命ビル、札幌安田生命ビル チサンマンション澄川2,手稲区役所区民センター、住友商事フカミヤ大通ビル、ライオンズマンション円山南、グリーンプラザ、コープ野村真駒内
新札幌市史 第5巻 通史5上 (住宅団地の建設)

三十四年には真駒内団地の造成が北海道の手で始まり(道新 昭34・3・31、5・29、6・6)、札幌市では,その他北海道では道営の社会福祉住宅を、三十三年に三〇戸を新川団地に、三十四年に四八戸を市営北栄団地に建設,美園区 20,861 22,793 美園区 平岸区 40,872 57,702 平岸区 真駒内区,19,962 26,194 真駒内区 石山区 11,474 14,785 石山区 定山渓区
新札幌市史 第5巻 通史5下 (道内大手企業)

表-28 伊藤組の工事実績 完工年 工事名 昭46 曙中学校(南区真駒内)、北海道厚生年金会館、高速電車,表-29 岩田建設の工事実績 年 工事名 昭46 伏古川排水区下水道、真駒内選手村第7工区、厚別処理場,1工区、光星団地高層住宅真駒内上町ビル、円山動物園植物館、東芝ビル、道銀東苗穂支店  50 茨戸排水区第,、札幌市交通局東営業所、真駒内緑町高層住宅、北電北営業所  53 札幌新道厚別高架橋、札幌矯正管区庁舎,公設市場、四十七年は北海道通信社ビル、ライラックビル、四十八年は中の島クロスハイツ、木の花スカイハイツ、真駒内南町団地
新札幌市史 第2巻 通史2 (軟石・硬石の採掘)

軟石・硬石の採掘 南区石山の豊平川右岸の支笏溶結凝灰岩は札幌軟石、左岸の八垂別の石英安山岩は札幌硬石,この新道は山鼻村から真駒内まで三間幅をもち、長さ一二九三間、真駒内から穴ノ沢(石山)までは六間幅の一三六三間,で、豊平川には馬渡船も用意されていた。  
新札幌市史 第2巻 通史2 (電話の設置)

二十二年札幌農学校・同附属農園間、二十三年北海道庁・札幌農学校間、同・札幌屯田司令部間、同・札幌区役所間、同・真駒内種畜場間,三十二年その計画の実行のため、三月電話架設実施調査に利根川守三郎が派遣され、五月には調査を終了した。
新札幌市史 第2巻 通史2 (長専寺の場合)

檀家総代は平岸村民であるが、同書によれば創立時の檀家戸数一〇一戸のうち、本村一五戸、番外地(東裏、精進川など,)四五戸、真駒内二戸、石山一四戸、簾舞一九戸、札幌区内六戸となっており、札幌区内以外はすべて平岸村のうちであるが
新札幌市史 第2巻 通史2 (牧馬場)

九年四月上手稲村(ナカノ川左岸、札幌越新道北方一帯)に二〇万三四一六坪の牧場を開き、五月札幌官園の牧馬,千歳郡漁村は一時的に牧馬場となり、のち真駒内牧牛場の付属牧場となる。
新札幌市史 第4巻 通史4 (養鶏)

又真駒内種畜場の払下げも受けた。そして品種の改良と産卵率の向上を計った」という。,)、札幌市、二〇人、八〇〇〇羽、⑤石山養鶏組合(昭3・2)、豊平町大字石山、三一人、一五〇〇羽、⑥軽川養鶏組合,、手稲村字軽川、三〇人、一五〇〇羽となっている(農林省畜産局 本邦ニ於ケル養鶏団体 昭5、昭8)。
新札幌市史 第5巻 通史5下 (北区の誕生)

冬季オリンピック開催にあわせて、前年十二月に地下鉄南北線(北二四条~真駒内間)が開通し、中心部との交通,ただし、図にみるように新川地区の生徒は八軒中学校(西区)へ、太平地区の生徒は栄中学校(東区)へと他の区,新川地区では、その後五十一年に新川中学校が新設されている。
新札幌市史 第5巻 通史5下 (郷土史の編纂)

中には『新琴似百年史』『新川百年』『丘珠百二十年史』などのように、一〇〇〇頁を超える大冊もある。,清田地区開基百年記念事業実行委員会 円山百年史  52・ 6 405 円山百年史編纂委員会 郷土史真駒内, 52・10 264 郷土史真駒内編集委員会 白石歴史ものがたり  53・ 1 431 白石区老人クラブ,11 197 手稲山口開基百年記念実行委員会 拓北百年史  55・ 4 190 篠路拓北土地改良区 新川郷土史, 55・ 4 289 新川郷土史編纂委員会 郷土誌すみかわ  56・ 8 365 澄川開基百年記念事業実行委員会
新札幌市史 第5巻 通史5上 (農業団体)

. 4   205 厚別町東区 軽川酪農業協同組合  27. 2.33,#160;3.31 159 石山一区 石山開拓農業協同組合  27. 6.13 19 石山 真駒内開拓農業協同組合, 24. 6.17 36 真駒内開拓一団 豊平東部開拓農業協同組合  24.12. ,昭和四十三年十月、札幌市農協・藻岩農協・白石農協・琴似町農協・西豊平農協・平岸農協・手稲町農協・上手稲農協・軽川酪農協
新札幌市史 第5巻 通史5下 (グラビア)

札幌駅前通(札幌駅前から南を望む) 2 上:昭和46年 3 下:平成16年 4 北区麻生 5 南区真駒内周辺,年4月1日) 11 札幌市の提唱ではじまった第1回北方都市会議 (昭和57年2月) 12 豊平川での
新札幌市史 第5巻 通史5上 (開拓地の諸相)

すなわち厚別・小野幌といった平野部泥炭地帯、野津幌の台地重粘土地帯、そして真駒内・常盤・石山・三里塚・,厚別地区(東米里・米里・北郷・川下など)では、二十年に拓北農兵隊の大森区・板橋区出身者一〇戸など計三一戸,真駒内地区には、地区計画ができる以前の二十一年に緊急入植者一一戸が入り、二十二年には道内離職者四六戸・
新札幌市史 第5巻 通史5上 (占領軍による札幌の衛生調査と接収)

二十二年秋に完成した真駒内米軍基地は、兵舎建物だけで建設費一二億一二〇〇万円と全国一の高額であり(占領軍調達史,部門編工事)、六万坪の敷地に水洗便所を完備、下水道は延べ一八キロメートルにおよび、汚水処理は三カ所から豊平川へ,流れ込む仕組みであった(昭25年、不十分な浄化装置が原因で豊平川の汚染問題を発生させた)。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (本州建設会社の進出)

第三地区市街地改造ビル 札幌SDビル(第一銀行札幌支店),第一製薬札幌支店 旭ダウ札幌工場  45 真駒内,ビル  46 札幌テレビ放送会館,厚生年金会館,住友ビル,三越百貨店増改築,四丁目プラザ 共済ハウス,真駒内屋内,国鉄委託工区鉄建建設、駅前通工区大林組、大通工区鹿島建設、薄野工区佐藤工業、公園北工区飛鳥建設、公園工区清水建設、豊平川工区熊谷組,豊平川工区はシールド工法で、他はほとんどオープンカット工法で行われた(北海道建設業協会八十年史)。
新札幌市史 第5巻 通史5下 (自然保護と緑化推進)

たとえば、五十一年に真駒内の桜山(緑ヶ丘)への新道建設と保安林の一部解除に対し、住民でつくる真駒内環境保全懇話会,四団体は五十二年に小樽内ダムの建設でも反対し、五十三年九月三十日に北海道開発局石狩川開発建設部、札幌市,豊平川に再びサケを取り戻そうと「さっぽろサケの会」が、五十三年十月二十八日に結成され、翌春にサケの稚魚,アイヌ民族によりサケを迎える儀式が、五十七年九月十五日に一世紀ぶりに復活し、豊平川さけ科学館も五十九年十月六日,五十八年七月十六日に環状グリーンベルトの起工式を行い構想に着手され、この構想によって石山緑地、平岡公園、川下公園
新札幌市史 第5巻 通史5上 (手稲町商工会、豊平町商工会との合併)

初代会長は定山渓鹿の湯クラブ社長の金川幸三が務めている。  ,三十三年三月豊平町商工会は社団法人となり(豊平町史)、月寒・美園・平岸・中の島・真駒内・石山・藤野・簾舞,また、社団法人となった後の初代会頭も金川幸三であった(昭33・1現在 会員名簿)。  
新札幌市史 第3巻 通史3 (豊平村、豊平町の概況)

厚別南通、公有地、三里塚、三里塚北通、器械場、〔大字平岸村〕平岸下本村、平岸上本村、東裏、中島、精進川、,真駒内、石山、土場、穴ノ沢、丸重吾沢、野々沢、東簾舞、西簾舞、御料地、砥山、滝ノ沢、一ノ沢、定山渓。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (保健所の増設)

人口増加と産業の発展、車社会の到来により市内河川の水質汚染や粉塵・煤煙・食品添加物など高度で多様な環境,昭44年 札幌南保健所 44年札幌南保健所開設,東保健所より平岸,石山,定山渓,真駒内を分離所管。
新札幌市史 第3巻 通史3 (簾舞)

の墾成地の分布をみると、簾舞沢一五九町、三六戸、盤ノ沢一五五町、三七戸、定山渓二七〇町、一四戸、白井川二九町,、三戸、真駒内六五町、一五戸、砥山一四九町、三五戸となっており、六一七町の墾成地、一四〇戸の小作戸数であった
新札幌市史 第5巻 通史5上 (公園と緑地の整備)

公園整備では、中島、円山など既設公園の充実、競馬場、豊平川の川原など市内公共用地を利用すること、区画整理,四十年の六年計画では、北海道施行の真駒内公園(六六ヘクタール)、札幌市施行の一般公園一五カ所(三七一ヘクタール,四十二年の五年計画では、北海道の真駒内公園整備(三七ヘクタール)、札幌市の一般公園新設一三カ所(一〇一
新札幌市史 第5巻 通史5下 (そのほかの地域地区)

札幌市では、指定当初は真駒内団地ともみじ台団地の低層住宅地に最高限度一〇メートルの高度地区を指定した。,市街地の拡大、宅地造成などにより緑が急激に破壊されたことから、四十一年に総合的に再検討して、大通、豊平川、,天神山、藻岩山、北海道神宮、発寒川、新川、創成川上、創成川下、東月寒向ヶ丘、羊ヶ丘、ポプラ通の一二地区,札幌市では、昭和三十五年六月に道営真駒内住宅団地内の住居地域に、第二種六四・一ヘクタール、第六種九四・,四十五年に変更(事務 昭45)後、四十七年に、真駒内団地と下野幌第三団地に、第七種一六七・二ヘクタール
新札幌市史 第5巻 通史5上 (新産業都市建設の指定と『札幌建設基本計画案』の策定)

土地利用計画では、工業地域を発寒・琴似・篠路・茨戸・苗穂・菊水・東札幌に配置、住宅地域は厚別・平岡・真駒内,舗装道路を三倍に拡張するほか、宅地の造成や豊平川に多目的ダムを建設するなどがあげられている(道新 昭38
新札幌市史 第5巻 通史5下 (舗装率の向上と道路整備の進行)

平成十五年度までに大規模自転車道は、豊平川自転車道、真駒内手稲豊平川自転車道、札幌北広島自転車道の三路線,、自転車道は豊平川サイクリング園路ほか七路線が整備された(概要 平15)。
新札幌市史 第5巻 通史5下 (鉱山街の変化)

四十九年四月には豊羽鉱山専用バスの地下鉄真駒内駅前への乗り入れが実現したり、おりからのマイカー時代到来,相俟って五十九年八月には一三年越しの道道京極定山渓線の舗装工事が完成、その後は除雪整備や市道砥山豊平川沿線拡張整備
新札幌市史 第2巻 通史2 (札幌近傍の林相)

真駒内ハ札幌ヲ距ル三里、北ニ面シ平衍、土質可ナラス。,ヨリ精進川迄南方川筋  円山神社境内外、及円山村ヨリ琴似村界平林  篠路太ヨリ石狩川筋対雁村迄両側平林,」迄  白石月寒両村間平林  平岸村東方「モツキ」川筋  有珠新道筋豊平川筋湯ノ沢ヨリ定山川上迄、白石村,テイ子イニタ」川筋、落合迄平林  上下手稲村山  下手稲村、三樽別、軽川、星置、山林  発寒川字「モリ,」辺ヨリ西北平林  琴似川ヨリ西北発寒川迄平林  丘珠村ヨリ東南豊平川方面平林  札幌村ヨリ北琴似川筋
新札幌市史 第1巻 通史1 (遺跡の立地と地形)

発寒川扇状地では、中の川流域の発寒(標高約一〇~二〇メートル)、追分川流域の手稲宮の沢(標高約一五~四,支流のラウネナイ川沿いの月寒東・羊ヶ丘(標高四〇~七〇メートル)、吉田川沿いの北野・月寒東(標高三〇~,)、厚別川と野津幌川にはさまれた厚別南・厚別町上野幌(標高三〇~五〇メートル)、野津幌川の支流沿いの厚別町上野幌,また、豊平川に流れ込む藻岩山山麓の北の沢・中の沢・南の沢流域(標高八〇~二〇〇メートル程)、豊平川上流部,の真駒内・川沿(標高七〇~一〇〇メートル付近)、穴の沢川流域の石山(標高一一〇~一五〇メートル)、藤野
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