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札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

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新札幌市史 第3巻 通史3 (社会主義者と米騒動)

社会主義者と米騒動 大正七年夏の札幌は、開道五十年のお祭りムードが充満していた。,米騒動に関して在札社会主義者がどのような反応を示したかははっきりしない。,小樽高等商業学校の生徒だった南亮三郎は、九月二十日の『小樽毎夕新聞』に「社会主義者を検挙する前に」と題 / 社会主義者と米騒動
新札幌市史 第3巻 通史3 (社会主義者の来札)

社会主義者の来札 三十年八月、安部磯雄が来札し、労働問題の解説を行った。 / 社会主義者の来札
新札幌市史 第3巻 通史3 (予は如何にして社会主義者となりし乎)

予は如何にして社会主義者となりし乎 竹内余所次郎は社会主義者となった理由を『週刊平民新聞』に次のように,予は如何にして社会主義者となりし乎 余は (第一) 貧家に生れ世に出でしも常に貧困と戦ひし事、 (第二,にわたって書き続けた「幸福ノ生涯」と題する自伝を残しており、キリスト教入信について詳しく記録しているが、社会主義者 / 予は如何にして社会主義者となりし乎
新札幌市史 第3巻 通史3 (社会主義者への迫害)

社会主義者への迫害 札幌農学校の画学講師であった飯田雄太郎は、非戦論者であったため、主戦論の立場をとる / 社会主義者への迫害
新札幌市史 第3巻 通史3 (皇太子行啓と社会主義者)

皇太子行啓と社会主義者 明治四十四年夏、皇太子が北海道に行啓することとなった。,記臆セシムヘシ (以下略)(北海道庁警察部 東宮殿下行啓紀念)  特別要視察人とは、無政府主義者、社会主義者 / 皇太子行啓と社会主義者
新札幌市史 第3巻 通史3 (社会主義からの転向)

農学校時代に熱心なキリスト教社会主義者から科学的社会主義者に移行した逢坂信忢も、冬の時代になって科学的社会主義,(逢坂信忢 暗黒より光明に)  大正三年頃に北海道報の記者をしていた金子力三は社会主義者であったが、,月寒の奥で僧侶や教師をしていた菅舜英も社会主義者であったが、次第に国家社会主義者に転じた。
新札幌市史 第3巻 通史3 (入党と非加盟)

札幌の社会主義者のうち、キリスト教社会主義者は日本社会党に加盟しなかった。,札幌の社会主義者で社会党に加盟したのは、麦酒会社の製瓶工であった山本俊馬と木材業者の忍鶴太郎であったが
新札幌市史 第3巻 通史3 (読者会)

三十七年六月六日、前田英吉の家で、大日本労働至誠会の運動のため全道を廻っていた南助松、山田周平を迎えて、在札札幌社会主義者,この茶話会で札幌の社会主義者は連絡をとり、主義の伝道を進めることを誓いあった。,写真-11 社会主義者茶話会が開かれた前田商店  ところが、七月上旬になり、竹内余所次郎が渡米準備
新札幌市史 第3巻 通史3 (社会主義の新聞)

井口伝はもともとはキリスト教社会主義者であったが、北海道に来てから生活が荒れ、一流旅館に「投宿御断 井口竜城殿,各地で恐喝を働き、社会主義者の評判を落とした。
新札幌市史 第3巻 通史3 (札幌を追われて)

政府は事件を拡大し、無関係の幸徳秋水や大石誠之助、森近運平ら有力な社会主義者を逮捕した。,札幌では大石泰蔵が、新村忠雄、大石誠之助、坂本清馬の住所録に名前が出ていたので有力な社会主義者とみなされ,勧めで竹内のアメリカ時代の友人で無政府主義者の渡部代三郎と結婚して、夫の郷里である会津在に移ったが、社会主義者狩,札幌に流れてきた社会主義者(和歌山の前田徳五郎など)には尾行が付き、就職を妨害した。
新札幌市史 第3巻 通史3 (主義者を見る眼)

だが大正中期になると、市井の人びとの社会主義者観が変化し、社会主義者を畏敬の眼でみる人びとも増加してきた,川上は社会事業懇和会を結成して社会事業の指導にあたっていたが、まだ社会主義者ではなかった。  ,鹿討は社会主義者とみなされ、警察や検事局の取調べを受け、伯父の佐藤昌介から「君は北海道で就職するな」と
新札幌市史 第3巻 通史3 (労働者と社会主義)

しかし、そのかわり明治の社会主義者が視野に入れていたアイヌ民族問題が視界からはずれてしまった。,この時期の社会主義者で、アイヌ民族を視野に入れていたのは安達正太郎(小樽の人であるが、札幌で弁舌をふるった
新札幌市史 第3巻 通史3 (井田菊蔵と金田日出男)

これに対し乞食坊主(または田中正造)と称していた金田は仏教社会主義者で、金田の運動を支援していた鈴木治亮,井田の無料宿泊所にいた労働者の中には社会主義者がいた。  
新札幌市史 第3巻 通史3 (社会主義研究)

ひとつは、みずから社会主義者と称した土岐孝太郎を中心とする研究会であった。,土岐は後にキリスト教に入信したが、この頃は豪傑肌の新聞記者であり、キリスト教社会主義者とは一線を画していた,三十三年に札幌農学校に入学した逢坂信忢は、キリスト教社会主義者で、同郷の友人真島政吉とともにキリスト教社会主義
新札幌市史 第3巻 通史3 (疑問の人物)

滝川は『北世界』に次のような文を発表して、警察の社会主義者取締に抗議した。  ,にしてシカも確信を以て社会主義を抱持するの一人なる事を、然れども汝怯憶なる〇〇輩驚くを止めよ、日本の社会主義者
新札幌市史 第3巻 通史3 (麗沢会結成)

麗沢会結成 八年二月、明治以来の社会主義者であった塚原辰吉、島崎庄一郎、高田次作らが、小樽で思想団体
新札幌市史 第3巻 通史3 (【主要参考文献・史料】)

週刊平民新聞』、『日刊平民新聞』、『直言』、『社会新聞』、『光』、『社会主義』、『労働世界』、「本邦社会主義者無政府主義者名簿,」、『社会主義者沿革』、原田三夫『思ひ出の七十年』、逢坂信忢『暗黒より光明に』、『北世界』、片山潜・西川光二郎,平民主義』、『札幌とキリスト教』(さっぽろ文庫41)、福島瑞穂『登高』、『北海道で平和を考える』、『在米社会主義者無政府主義者沿革
新札幌市史 第3巻 通史3 (札幌の職工数)

この時期の労働運動を促進したのは主に社会主義者であったが、政府の厳しい弾圧と取締りにあって、職工たちの
新札幌市史 第3巻 通史3 (「社会問題欄」)

これは社会主義者の眼から見た農村論で、当時としては異色の農村報告であった。
新札幌市史 第4巻 通史4 (治安維持法制定反対運動と普通選挙要求運動)

治安維持法制定反対運動と普通選挙要求運動 米騒動後、全国的に社会主義運動がさかんとなり、政府は社会主義者
新札幌市史 第3巻 通史3 (新札幌市史 第三巻 通史三/総目次)

社会主義運動…468     一 社会主義思想の紹介と理解        蛎崎知次郎と西川光二郎 社会主義者,       「社会問題欄」 新聞記者と社会主義        社会問題研究会 予は如何にして社会主義者,平民新聞読者        平民新聞創刊 非戦運動        読者会 疑問の人物        社会主義者,啞蟬坊来札        札幌を追われて     四 社会主義冬の時代        皇太子行啓と社会主義者,と米騒動     六 社会主義者と無政府主義者        主義者を見る眼 麗沢会結成        
新札幌市史 第3巻 通史3 (社会問題研究会)

中心人物の竹内余所次郎や前田英吉は社会主義者であったが、会員の過半は人道主義者であって、必ずしも社会主義
新札幌市史 第3巻 通史3 (図版・写真・表組一覧)

北海道毎日新聞が明治34年3月に創設した社会問題欄(道毎日 明34.3.8) (469頁) 写真-11 社会主義者茶話会
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