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新札幌市史 第1巻 通史1
(荒井村の設置)
荒井村
の設置 のちにシノロ村と称せられる
荒井村
・中嶋村についても、当時の史料はきわめて少なく、これまでも,なお、『事蹟材料』では、
荒井村
ははじめ新井村と称されたとされているが、記述の都合上、ここでは
荒井村
に統一,まず
荒井村
の地所選定・農民招募の概要については、『事蹟材料』に次のように記されている。 ,金助此報を得て自費農夫を募り、篠路に移住せしめ、新井村と名く(のち
荒井村
といふ)。 /
荒井村
の設置
新札幌市史 第1巻 通史1
(イシカリ開拓と荒井村の性格)
イシカリ開拓と
荒井村
の性格 以上みてきたように、
荒井村
は荒井金助が自費で開いた村であるが、幕吏の自費開墾,また
荒井村
開墾の動機を、荒井が堀織部正の屯田農兵の制の意図に基づき、国家のために行った、と記されているものが / イシカリ開拓と
荒井村
の性格
新札幌市史 第1巻 通史1
(中嶋村の成立)
中嶋村の成立
荒井村
に比して、中嶋村の性格は明確である。,入地した中嶋彦左衛門は、万延元年コトニ川支流のケネシベツ川流域(コトニ開発場)に移り、おそらく同年中に
荒井村
新札幌市史 第1巻 通史1
(城六郎開墾地)
城六郎開墾地 ところで、
荒井村
がどのような状況下で、どのような目的で設置されたのかを示す当時の史料は,この点は、
荒井村
が荒井金助個人の費用によって設置されたと伝えられているのと同様で、これからいえば、
荒井村
,されていることなどを考えると、城開墾地について、官が強い留意を払いつつその成功を期待していると考えられ、この点は
荒井村
新札幌市史 第1巻 通史1
(シノロ村との関係)
すなわちイシカリ役所調役荒井金助は「剱客下國雪之進、鎗(ママ)術士荒谷兵三郎をして農村(
荒井村
―シノロ,まったく帰農したのならともかく、戸数十数戸の
荒井村
、二十数戸のシノロ村に、武術指南二人が、それを主目的
新札幌市史 第1巻 通史1
(産業・生活など)
に記したように、清太郎はコトニ川支流近辺において、おそらく安政五年(一八五八)から稲作を開始したが、
荒井村
,このほか、
荒井村
で注目すべきは、二人の武術教師が一応在地していたことである。
新札幌市史 第1巻 通史1
(シノロ村の成立)
また清太郎は
荒井村
、金(兼)松は中嶋村系であるから、シノロ村は荒井・中嶋村の合したもの、といえる。,とすると、残された中嶋村の農民人別を
荒井村
のそれと合し、旧来の地名をとってシノロ村とした、と推定するのが
新札幌市史 第2巻 通史2
(篠路村と早山清太郎)
第一の村には、在住ではないがイシカリ役所調役並荒井金助が万延元年(一八六〇)頃に開いた
荒井村
、その南隣,中嶋村は文久二年(一八六二)に中嶋彦左衛門が退去したことにより
荒井村
に吸収されたが、慶応二年(一八六六,
荒井村
、シノロ村には村役人も任命されていた。,は札幌本府への玄関口として物資の集散地の役割を果たしていた(北大図) ここで名主は二人みえるが、
荒井村
新札幌市史 第1巻 通史1
(荒井金助の事蹟)
金助自身も農民を招募し、シノロに
荒井村
をおこしている(第九章参照)。,まず金助の息子の好太郎は、イシカリ在住や学問教授所の御用書物出役となり、金助が開いた
荒井村
の農場経営にも
新札幌市史 第1巻 通史1
(中嶋村の状況)
もちろん畑作も行われおり、一時的には
荒井村
をしのいでいたと記しているものもある。
新札幌市史 第1巻 通史1
(幕末の変転)
かれ(第八章参照)、イシカリ役所ではこの統轄をなし、これまでの在住の開拓地、荒井金助が開いたシノロの
荒井村
新札幌市史 第1巻 通史1
(第二次直轄とイシカリ)
金助はシノロに農場を開き(
荒井村
と称された)、この時期、イシカリ・サッポロの発展に最も寄与した人物といえよう
新札幌市史 第1巻 通史1
(サッポロ村の誕生)
イシカリ御手作場に隣接するシノロにおいても荒井金助による
荒井村
が建設され、金助が名主、百姓代の村役人を
新札幌市史 第1巻 通史1
(荒井好太郎・鎗次郎)
に「吾カ墳墓ヲ当地ニトテ……五代荒井芳太郎ニ居住セシメ」云々とあり、さらに金助の墓碑銘中「村落ヲ拓キ
荒井邨
新札幌市史 第1巻 通史1
(早山清太郎)
ここではそうした移民の事例紹介の意味も含めて、篠路村の祖といわれる清太郎の、
荒井村
に入地するまでを中心
新札幌市史 第1巻 通史1
(新札幌市史 第一巻 通史一/総目次)
移転と御手作場への繰り入れ 中田儀右衛門・福玉仙吉ほか 第二節 シノロ村…970 一
荒井村
,の成立
荒井村
の設置 農民の招募 村役人 早山清太郎 産業・生活など 二
荒井村
,の性格 城六郎開墾地 荒井好太郎・鎗次郎 イシカリ開拓と
荒井村
の性格 三 中嶋村
新札幌市史 第1巻 通史1
(農業・開拓)
なお早山は
荒井村
へ移った後も五年間にわたって水稲作を行い、その後水害にあって中断している。
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