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札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

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新札幌市史 第5巻 通史5上 (進駐軍犯罪)

進駐軍犯罪 市民は米軍の進駐を恐れ、さまざまな噂が飛び交うなかで進駐の日を迎えた。,表-14 初期進駐軍犯罪件数(昭20.10.5~30) 地域種別 札幌 小樽 その他 全道 件数 人員,写真-5 米兵犯罪を報じた新聞『北海日日新聞』(昭22.11.7)  進駐軍による検閲は子供の手紙 / 進駐軍犯罪
新札幌市史 第5巻 通史5上 (札幌進駐への準備)

札幌進駐への準備 「われら護らん郷土 きのふ戦闘隊結成」(道新 昭20・8・9)という最終決戦の準備,米軍の進駐に向けた市民生活の統制の一つとして、警察部特高課長は「戦後復興にあたるわれわれの文化度をまづ,新聞には、「進駐軍迎へる道民の心得」として、「服装、態度は端然と」などの注意事項とともに、米軍将兵の階級章,さらに札幌市では商店や一般家庭に「進駐軍将兵へのお土産供出」を呼びかけた(道新 昭20・9・26、9・,進駐の前後には、いくつかの英会話集が刊行されている。 / 札幌進駐への準備
新札幌市史 第5巻 通史5上 (進駐軍労務傭員)

進駐軍労務傭員 占領軍の移駐に伴い、市内各所に分散した進駐軍施設や宿舎の維持運営のために、大量の労務提供,写真-4 進駐軍労務者募集広告  職種は日雇い作業員や、進駐軍部隊・事務所で勤務する通訳やバーテンダー,など多種多様であったが、すべて進駐軍の要求時に対応させるため、当初は突発的で計画性に乏しく、兵舎建設作業,では札幌勤労署が、市を通じて公区・班への進駐軍勤労奉仕の割り当ても行った。,また進駐軍が直接雇用したり、請負業者に業務と労務員募集を一任する方法もとられた。 / 進駐軍労務傭員
新札幌市史 第5巻 通史5上 (進駐軍との交流)

進駐軍との交流 敗戦直後占領軍が進駐してくるのを迎えるために「ツウ・チトセ」や「ステーション・サッポロ,その後進駐に伴い電話交換をスムーズに行うために、札幌電話局内でアメリカ軍少尉を教師に交換手へ英語の講習会,進駐したアメリカ軍兵士は、クリスマスや復活祭には子供たちをキャンプに呼んでパーティーを開いた(道新 昭 / 進駐軍との交流
新札幌市史 第5巻 通史5上 (占領軍の札幌進駐前史)

占領軍の札幌進駐前史 パール・ハーバーへの奇襲により、アメリカでは一挙に対日報復への国民世論が高まる,これらの情報を手に、占領軍の北海道進駐は進められた。  ,マッカーサーの日本到着後、各地への進駐が進むなか、まず二十年九月八日、青森県大湊に米第九艦隊が「緊急進駐,九月二十五日に青森に進駐した米第八軍管下の第八一歩兵師団が海軍に取って代わった。,札幌に進駐するなどの日程を伝えていたが、実際にもそのとおりの進駐となった。 / 占領軍の札幌進駐前史
新札幌市史 第5巻 通史5上 (第九軍団の進駐)

第九軍団の進駐 予定どおり、十月四日の函館につづき、五日早朝から第九軍団第七七師団が小樽に上陸、すぐに,写真-2 北1条通りを進む進駐軍77通信隊  十一時には、北海道拓殖銀行本店新館に先発隊のジープ,こうして続々と占領軍の進駐が進み、ほぼ二カ月後には全道で約二万四七六〇人に達した。 / 第九軍団の進駐
新札幌市史 第5巻 通史5上 (連合国軍の札幌進駐と北海道地方軍政部)

連合国軍は十月に、武器徴収などの目的で日本各地に進駐した。,北海道への進駐は、同月五日に米第八軍第九軍団第七七師団が函館・小樽に進駐したことにはじまる。,札幌市は渉外課を設置し、道と連携して進駐軍との対応にあたった。,進駐のための休校については「関係学校協議ノ上学校長限リ之ヲナスコトヲ得ルコト」や進駐に当たって「児童生徒,進駐時には、進駐沿線の学校においては休校となった。 / 連合国軍の札幌進駐と北海道地方軍政部
新札幌市史 第5巻 通史5上 (進駐軍の民間施設接収と破壊)

進駐軍の民間施設接収と破壊 昭和二十年十月五日に札幌に移駐した進駐軍は、北海道拓殖銀行本店や札幌逓信局 / 進駐軍の民間施設接収と破壊
新札幌市史 第5巻 通史5上 (進駐軍病院と札幌の歯科医師たち)

進駐軍病院と札幌の歯科医師たち 医療衛生関係機関の接収と駐屯状況をみると次のようであった。,七連隊が入営し、第七六野戦病院を開設し、翌二十二年後半期にはキャンプ・クロフォード内に診療所を開設した(進駐軍,また、進駐軍衛戍病院を設置するため二十年十月二十五日には庁立女子医専に校舎を貸与していた北星高等女学校,(南5西17)を接収し、翌二十一年五月九日の退去・返還まで、市立札幌病院では進駐軍の要請に応じて衛戍病院 / 進駐軍病院と札幌の歯科医師たち
新札幌市史 第5巻 通史5上 (進駐軍特殊慰安施設(RAA)の設置と廃止)

進駐軍特殊慰安施設(RAA)の設置と廃止 政府は、公娼廃止よりも占領軍対策に配慮し、財政的裏付けをした,その一方で連合軍が札幌進駐する十月五日の『道新』には、「女性の素足 けふから止めませう」の見出しで、注意事項,日本政府側も、三月二十六日、全国警察署長宛に「進駐軍ノ待合、接待所、慰安所地域立入禁止ニ関スル内務省保安部長通牒,写真-12 連合軍の進駐に際しての注意 (道新 昭20.10.5)  MPは、軍内の性病予防のため / 進駐軍特殊慰安施設(RAA)の設置と廃止
新札幌市史 第5巻 通史5上 (渉外課の新設)

渉外課の新設 進駐直後の十月六日には、札幌市に「諸般ノ事務相当輻輳スベキヲ予想セラレ、其ノ他外国及外国人,戦前には防諜や外国人の監視などにあたっていた外事警察は、進駐を前に「外事親善といった方針のもとに友好調整,後、十月四日のGHQの「人権指令」により、特高警察とともに外事警察が廃止されると、その機能は、「米国進駐並,また、警察部では九月十八日、保安課を新設し、「進駐軍関係特殊慰安施設」の整備にとりかかった。  
新札幌市史 第5巻 通史5上 (札幌市と軍政)

進駐直後に新設された渉外課の事務内容をみると、「物品購入」「建物接収及借用」「調査」「設備」などの連絡,が主で、取扱件数では「進駐軍」「一般市民」「終戦連絡事務室」などの順になっている(昭20事務)。  ,一方、進駐後しばらくの間、「連合軍関係臨時労務者募集」の新聞広告が掲載されていた。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (占領軍の交代)

第七七師団が昭和二十一年(一九四六)二月に帰還したあと、ノースカロライナの出身兵から成る第一一空挺師団が進駐,昭和二十四年(一九四九)二月、バー少将の率いる第七歩兵師団が真駒内に進駐、翌年の朝鮮戦争で動員された。,司令官スタイロン少将は、道民に「自由を守り、日本人を愛し、世界平和を維持するため第四十五師団は当地に進駐
新札幌市史 第5巻 通史5上 (三越札幌支店従組の経営管理)

ところが、声明書を店頭に張り出し経営管理に入った十七日午後、二十日までに全館明け渡すようにとの米進駐軍,組合は十八日から食堂や売場を閉鎖し、進駐軍に対して新店舗斡旋の嘆願書を提出する一方、「争議中ナルコトヲ,カナラシメ」、「二四日建物明渡シ期限ニ対シテ多大ノ温情アル取計ヒニヨリ其ノ後数日出入ヲナス便宜ヲ得」て、先に進駐軍
新札幌市史 第5巻 通史5上 (先発隊の派遣)

先発隊の派遣 この北海道進駐に先立ち、抑留されている米兵捕虜の救出と進駐準備のため、先発隊が派遣された
新札幌市史 第5巻 通史5上 (放送管弦楽団と放送交響楽団)

は昭和十七年に結成されて以来、戦時中は日本軍の慰問に忙しい日々を送っていたが、戦後はそれに代わって、進駐軍,進駐軍のダンスホールとなった今井記念館に二十年十月から一年半ほど出演したのをはじめ、週の大半を米軍の仕事,二十四年ごろからローカル放送出演が増え出し、進駐軍慰問から本来の放送出演へと、活動の中心が移っていった
新札幌市史 第5巻 通史5上 (官業及び官公署関係組合)

設立期日は表19のほか資料によって一致しないが、三月二十六日には、組合員規模が苗穂工機部従組につぐ札幌進駐軍常備労務者労組,(昭23札幌進駐軍要員労組)も誕生し、二十一年四月末現在の民間・官公系を合わせた市内の登録単位組合数は
新札幌市史 第5巻 通史5上 (日本軍隊の解体)

米軍の進駐とともに、施設・宿舎の提供などの対応に追われた。,青森に進駐した第八一師団ではすぐに全県下の武装解除を命じ、その期限後も不十分と判断し、十月八日付で「県民所持武器蒐集
新札幌市史 第5巻 通史5上 (占領軍による札幌の衛生調査と接収)

占領軍による札幌の衛生調査と接収 二十年十月五日、第八軍第九軍団第七七師団が札幌に進駐した。,八月下旬に札幌入りした先遣隊の事前調査を参考にして十月初め、進駐軍は建物接収を行った。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (除雪事業の拡大)

除雪事業の拡大 戦後の除雪は、進駐軍の命令により主要道路と軍用施設周辺で行われた。,進駐軍からスノーローダー一台と大型貨物自動車七台も出動した。,進駐軍命令による除雪は、二十二、二十三年も行われた(昭21、22、23事務)。,二十一年(一九四六)年頭の除雪について『北海道新聞』では、「進駐軍が率先陣頭」と題して、進駐軍が四日から
新札幌市史 第5巻 通史5上 (不用品交換会と露店街)

狸小路東部は二十二年以降、一般商店街に復帰したが、進駐軍の横流し物資を販売する者が後をたたなかった。,二十四年六月二十二日には警察官二五〇人が狸小路一・二丁目を包囲し、通行人、商店を取り調べ、進駐軍物資不法所持
新札幌市史 第5巻 通史5上 (グラビア)

ポツダム宣言を受諾後の昭和20年8月15日 護国神社に「詫びる」静修女学校の生徒 2 札幌駅前通を進駐,18 ジャズ・クラシック喫茶「未完成」南5条西4丁目(昭和30年頃)   19 道営真駒内団地 元進駐軍家族居住地区
新札幌市史 第5巻 通史5上 (労組法改正と組織状況)

進駐軍常用労働者には、処遇は国家公務員に準じ、雇用は政府(特別調達庁)、対応機関は道渉外労務課、実質使用権,特別調達庁と全駐労間の労働協約締結を機に、二十五年一月、職種が七〇種以上に及ぶ札幌進駐軍要員労組も、道知事
新札幌市史 第5巻 通史5上 (新札幌市史 第五巻 通史五(上)/総目次)

  第一章 戦後札幌の市政と行政   第一節 占領下の市政と行政…21      一 占領軍の進駐,と軍政         占領軍の札幌進駐前史 先発隊の派遣 札幌進駐への準備 渉外課の新設 第九軍団,の進駐         占領軍の交代 キャンプ・クロフォードの建設 軍政機構 軍政の様相 CICとCCD, 国際交流と札幌オリンピック大会…111      一 国際交流の開始と広がり         進駐軍,と市民生活         進駐軍の民間施設接収と破壊 進駐軍労務傭員 基地建設とタコ部屋解体         
新札幌市史 第5巻 通史5上 (基地建設とタコ部屋解体)

基地建設とタコ部屋解体 進駐軍基地や施設、引揚者住宅新築等に伴う工事によって、土建業者が息を吹き返した,作業から寝食迄/棍棒の監視/真駒内工事に監獄部屋」の見出しで、日本人労働者四〇〇〇人以上が就労する、進駐軍
新札幌市史 第5巻 通史5上 (敗戦後の警察)

九月中旬から計画された警察力の整備拡充計画は、占領軍の進駐にともない一頓挫をきたし、さらに特高警察の解体
新札幌市史 第5巻 通史5上 (荒谷正雄と札幌音楽院)

バリトン独唱には、シカゴの芸術学校に学んだという進駐軍の兵士が出演し、東宝劇場での一般公演に先立って、,進駐軍に接収されていたマックネア劇場(松竹座)でも演奏した。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (キャンプ・クロフォードの建設)

種畜場内の「人畜すべて即時退去」という進駐軍命令である。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (河原居住者移転問題)

これらのいわゆる河原居住者に対し、二十四年八月、当時真駒内にいた進駐軍から、北海道庁と札幌市に対し、都市,の美観・風紀上問題があること、進駐軍の雪捨て場に使用のため撤去を求める命令があった。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (医療・教育政策)

全国への伝染病の伝播を恐れたGHQは、進駐軍防疫隊を出動させ、大量のDDT散布でシラミ駆除を行ったり、,占領軍の進駐、軍政部による実質的な「監督」「指導」のもと、二十二年に新学制が発足し、小・中学校が設置された
新札幌市史 第5巻 通史5上 (〔勤医協病院〕)

二十一年九月、全日本進駐軍要員労働組合(のち全駐労)北海道支部が、市内狸小路八丁目(南3西8)の事務所二階
新札幌市史 第5巻 通史5上 (メーデー集会の復活)

「会場の一隅には米進駐軍レッドフィールド労働課長らも顔を見せ、盛り上る民主勢力の結集に満足さうな笑みを
新札幌市史 第5巻 通史5上 (旧労働組合法下の組織状況)

その他のうち三六〇〇人は進駐軍関係組合で、商業では、百貨店のほか金融・保険などの支社・支店組合が増加し,経営母体別では、国の出先機関や官業・官公署、団体、公立学校の組織率が圧倒的に高く、進駐軍要員組合を含めると
新札幌市史 第5巻 通史5上 (復興と主要事業費)

同年九月、GHQによる占領下で札幌にも終戦連絡地方事務局が設置され、十月には北海道に進駐した米軍第七七師団司令部,こうして札幌も連合国軍の占領を受けるのであるが、現地に進駐した同軍が市の行財政にどのように関与したのかは
新札幌市史 第5巻 通史5上 (十月攻勢と二・一ゼネスト)

さらに十二月十四日、逓信・国鉄・電産・興農公社・進駐軍常備労務者の各労組一七〇〇人が「越冬資金獲得労働者大会
新札幌市史 第5巻 通史5上 (軍政部の初期の学校視察)

十月二十三日には、進駐軍情報局員ブネオと李件杯が庁立札幌第一中学校と庁立札幌高等女学校を視察し、「軍国主義的
新札幌市史 第5巻 通史5上 (清涼飲料)

五月に、CCEC(ザ コカコーラ エクスポート コーポレーション)職員が大同酒造(北3西25)を進駐軍向
新札幌市史 第5巻 通史5上 (敗戦直後の祭典風景)

人気おちぬ神輿、殺風景な巷に人波、目立つ晴着」と新聞の見出しが躍り、見物には「手に手にカメラを携えた進駐軍
新札幌市史 第5巻 通史5上 (終戦直後の状況)

、その中で松竹座(南四西三)が米軍に接収され、「マックネア・シアター」という名称の下、アメリカ映画が進駐軍慰安
新札幌市史 第5巻 通史5上 (軍政の様相)

二十年九月末、同じ第九軍団管下の第八一師団が青森に進駐した際、知事宛に「今ヤ余等ハ貴下ノ国土ニ入リ、貴下等
新札幌市史 第5巻 通史5上 (アメリカ文化の受容)

アメリカ文化の受容 戦中「鬼畜米英」の洗脳を受けた道民は、占領軍の札幌進駐を不安と恐怖を抱いて迎えた
新札幌市史 第5巻 通史5上 (接収物返還運動)

接収物返還運動 占領軍による札幌進駐については、第一章の「占領下の市政と行政」に詳しい。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (労働組合法制定と労働組合)

<その他>には札幌進駐軍関係労組(21年2,267人・22年3,655人・23年3,596人)が含まれる
新札幌市史 第4巻 通史4 (上原六郎)

市民への食糧配給、伝染病対策、インフレによる物価上昇への対応、そして占領軍進駐にともなう主要建物の接収
新札幌市史 第5巻 通史5上 (天然記念物―藻岩山・円山)

指定を受けた藻岩山であったが、昭和十九年に南斜面が国有林の戦時伐採を受け、戦後は二十二年に進駐軍が北斜面
新札幌市史 第5巻 通史5上 (神道指令)

十月十一日には、進駐軍神社参拝にさいして不敬行為がないよう道庁祭務官、神社、大日本神祇会北海道支部で協議
新札幌市史 第5巻 通史5上 (性病の蔓延と対策)

性病の蔓延と対策 戦後の性病は進駐軍の移駐とともに拡大した。,米軍オクラホマ騎兵一個師団約一万人が千歳に進駐し、米軍対象の風俗営業店が乱立、全国から約三〇〇〇人ともいわれる
新札幌市史 第5巻 通史5上 (図版・写真・表組一覧)

月15日 護国神社に「詫びる」静修女学校の生徒 (道新 昭20.8.16) 写真-2 札幌駅前通を進駐,-10 創成川沿いの露店(昭和20年代中頃)(文資) 写真-11 配給品に行列する市民(昭22.7 進駐軍,(岩波映画製作所蔵,さっぽろ文庫別冊 生活文化史<戦後編>所収) 写真-19 道営真駒内団地 元進駐軍家族居住地区,Section〟国立国会図書館蔵)(原資料は米国国立公文書館蔵) (22頁) 写真-2 北一条通りを進む進駐軍,新見文子,ギャグナー 昭25.6.16山鼻小学校)(新見文子氏提供) (589頁) 写真-12 連合軍の進駐
新札幌市史 第1巻 通史1 (石狩の状況)

しているとの報に接し、従者と服心の者一人をともなって銭函の漁業者西谷嘉吉によってかくまわれ、また旧幕軍の小樽内進駐
新札幌市史 第5巻 通史5上 (企業合理化の進行)

札幌税務所管内でも同年八月末までに二五八件の解散や休業が続出し(道新 昭29・9・24)、進駐軍要員労働者
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