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札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

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新札幌市史 第4巻 通史4 (関東大震災後の札幌の文化)

関東大震災後の札幌の文化 札幌はもちろん大震災にあうわけではないが、東京の震災後から昭和初期にかけての,(札幌音楽協会 サッポロの音楽 創刊号)  また関東大震災の罹災により、長唄三味線方の四世杵屋勝太郎,さらに関東大震災後の「アヴァン・ギャルド」の美術運動を札幌でになう北大予科の学生であった外山卯三郎(詩人,刊行した雑誌〈さとぽろ〉を中心とした、創作版画の美術活動と北海道におけるアヴァン・ギャルド精神」が、「関東大震災直後 / 関東大震災後の札幌の文化
新札幌市史 第4巻 通史4 (札幌の文化の流れ)

関東大震災後から昭和初期に、洋楽や美術・音楽といった分野において市民が担い手となる文化団体が叢出し、また
新札幌市史 第4巻 通史4 (無線電信の開設)

大正十二年からは札幌鉄道局が無線電話の試験を始め、関東大震災の様子を詳しく伝えたため、その価値が評価された
新札幌市史 第4巻 通史4 (外山卯三郎の役割)

大正十二年九月の関東大震災勃発のため帰省した外山卯三郎は、築地小劇場での二カ月の研修や、ドイツから帰国
新札幌市史 第4巻 通史4 (道路改良政策)

この会議は関東大震災の影響で十三年に廃止されるが、道路改良の民間運動も起こり、その気運は高まり、道路改良会
新札幌市史 第5巻 通史5上 (第一二回オリンピック大会の東京開催)

この目的は第一に、十五年が皇紀二六〇〇年に当たっているのでその記念事業とすること、第二は、関東大震災からの
新札幌市史 第4巻 通史4 (社会的基盤整備)

の間には、こうした「思想の悪化」に対して「思想の善導」をはかるべきとする声が高まり、大正十二年九月の関東大震災
新札幌市史 第4巻 通史4 (震災の影響)

震災の影響 大正十二年、関東地方を襲った関東大震災は未曾有の大惨事となり、札幌でも救助隊の出動、義援金
新札幌市史 第4巻 通史4 (都市の条件)

市となった翌年、九月一日関東大震災が発生、高岡市長はただちに東京、横浜、横須賀市長に見舞電報を打つとともに,関東大震災ははからずも札幌と東京の結びつきを強める契機となったが、さらにラジオ放送の開始は東京と同時的
新札幌市史 第4巻 通史4 (札幌の朝鮮人)

札幌の土工現場で朝鮮人が目立つようになってきたのは関東大震災以降で、昭和三年には、平岸の道路工事に四二人
新札幌市史 第4巻 通史4 (札幌音楽協会)

中心メンバーは、関東大震災を契機に札幌にきて昭和二年まで滞在するチェロ奏者の飯田実、札幌混声合唱団でバス
新札幌市史 第4巻 通史4 (大衆文化の成立)

大衆文化の成立 大正十二年九月一日に起こった関東大震災は、東京の文化状況を一変させる。
新札幌市史 第4巻 通史4 (札沼線の敷設)

しかし関東大震災の影響や、十三年六月成立した加藤高明護憲三派内閣の緊縮財政政策により、着工は遅れた(北
新札幌市史 第4巻 通史4 (文化生活研究会)

研究会自体、関東大震災の直前に、森本自身が新たに文化普及会を結成しての離脱や、顧問有島武郎の死によって
新札幌市史 第4巻 通史4 (不況の諸相)

関東大震災、金融恐慌と二度も金解禁の機会を逸した政府は、浜口内閣井上準之助蔵相のもとで緊縮財政を実行しつつ
新札幌市史 第4巻 通史4 (神社参拝問題の発生)

まず、関東大震災後の大正十二年(一九二三)十一月、政府は社会不安や国民の価値観の多様化、特に民主主義への
新札幌市史 第4巻 通史4 (禁酒・矯風会)

昭和二年九月一日は、ちょうど関東大震災五周年にあたることから、札幌禁酒会は、札幌禁酒青年団と共催、矯風会等
新札幌市史 第4巻 通史4 (北海道帝国大学と芸術活動)

のサロン的な演奏会や(時任正夫 博士村の音楽事情)、美術でいえば、有島武郎と黒百合会の活動、あるいは関東大震災後
新札幌市史 第4巻 通史4 (廃娼運動)

また、同年九月の関東大震災によって焼失した東京吉原遊廓再建反対運動にも、前述の婦人矯風会本部が急先鋒となり
新札幌市史 第4巻 通史4 (失業救済事業)

失業救済事業 第一次大戦後の深刻な世界的不況のうえに、大正十二年の関東大震災による甚大な打撃のため、
新札幌市史 第4巻 通史4 (新劇)

十二年九月に関東大震災が起き、十三年に築地小劇場が出発する。
新札幌市史 第4巻 通史4 (黒百合会の美術活動)

その背景に札幌農学校以来の文化発信地としての「閉じたサークル」を逸脱した、関東大震災後の芸術を担う、新
新札幌市史 第4巻 通史4 (文化団体の叢生)

文化団体の叢生 関東大震災後の札幌の大きな特色の一つに、市民が担う文化団体が叢生したことがあげられる
新札幌市史 第8巻1 統計編 (総説)

また1923年(大12)の関東大震災を機として,複製文化やモダニズムの文化が札幌にも現われるが,ラジオ・トーキー
新札幌市史 第4巻 通史4 (土木事業の資金と労働力)

この時期は第一次世界大戦の戦後不況から関東大震災もあり、不況期が連続していて失業者が多くなった。
新札幌市史 第4巻 通史4 (札幌問屋の盛衰)

大正十二年には関東大震災により、「弊店取扱商品ノウチ和紙ヲ除ク大半ハ東京取引ノタメ」商品の払底を余儀なくされたが
新札幌市史 第4巻 通史4 (無声からトーキーへ)

また大正十二年の関東大震災後に、東京から弁士の松浦翠波が遊楽館にやってくる。  
新札幌市史 第4巻 通史4 (失業者数の推移と要因)

札幌においても関東大震災のあった大正十二年(一九二三)の十二月、南二条東一丁目の札幌市立職業紹介所(大
新札幌市史 第4巻 通史4 (新札幌市史 第四巻 通史四/総目次)

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