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札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

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新札幌市史 第1巻 通史1 (鷹羽の徽号)

鷹羽の徽号 老中久世大和守広周は、下総国関宿城主(千葉県)で、三河以来の徳川家功臣の家柄。,一月二十一日、久世家の紋鷹羽の徽号のある衣を下付し、青木常之助(在政)、成石修輔、小林恭助(忠得)の三人 / 鷹羽の徽号
新札幌市史 第1巻 通史1 (鳥屋場知行)

『松前蝦夷記』には鳥屋数は三九〇カ所とあるが、すべての鷹場所で毎年鷹狩をするわけでないとされ、なお家中,で鷹打をしたもので、「鷹のよろしきハ吟味いたし志摩守方え取上之、鷹の位ニより拾両二十両或三十両ニも買取,二千両、鷹の代金一、二千両、年に応し候由。,松前藩は毎年鷹船を蝦夷地に派したが、鷹匠、鷹待の蝦夷地への進出はアイヌの生活ならびに狩猟の場を侵し、さらに,アイヌに鷹送りの人足や鷹飼犬の提供を強要し(蝦夷蜂起)、アイヌの不満をさらにつのらせることになった。
新札幌市史 第1巻 通史1 (鳥屋場から商場知行へ)

鳥屋場から商場知行へ 鳥屋場は鷹打にのみ限られたのではなく、知行主が宛行われた当初から夏船を出して、,貞享四年(一六八七)の「生類憐ミノ令」によって、御鷹献上が中止になり、知行主は鷹打による収入がむずかしくなったことで,なお『広時日記』の五月十日の項に「松平大蔵大輔様、鷹師当秋罷下候義申来る」とあり、松前藩では翌六月、鷹,の餌になる生きた鳩八〇〇羽を雇い舟で取り寄せているので、御鷹献上はなくなっても、内々には鷹打は行われていたものであろうか,この「殺生禁令」は宝永六年(一七〇九)に廃止され、御鷹の献上も復活してくるが、鷹打は再度盛んにはならなかった
新札幌市史 第1巻 通史1 (民族的蜂起)

シャクシャインの側には娘婿になっていた越後の庄太夫ほか庄内の作右衛門、尾張の市左衛門、最上の助之丞らの鷹待,まず蝦夷地にいる鷹待、当地へ来る船の船頭、水夫らを殺し、その上国縫(くんぬい)(当時関所でもあり、利別川,舟々松前の鷹船一艘シコツト申所にて打殺申候由、当六月廿二日松前へ申来候。,右鷹船の鷹師吉兵衛上下弐人、善兵衛上下弐人、船頭水主八人、都合十弐人。,一  シラヲイにて九人 一  三石にて十人 一  ホロヘツにて弐拾人此外鷹師上下三人 一  ホロイツ〔
新札幌市史 第1巻 通史1 (知行所の宛行)

知行所の宛行 寛文のアイヌ蜂起に際して、蝦夷地に入った金掘と鷹待が多く殺されていることから、蜂起後の,アイヌに対する誓約書で、金掘と鷹待には乱暴しないことのほか、献上の御鷹送りには昼夜にかかわらず、これを,勤め、御鷹の餌となる犬には代償がなくても供出することを誓わせたことはすでに述べた。,献上になる、また他藩の需要にも応じる鷹の捕獲は藩の重要な収入源でもあり、したがって、藩主はその鳥屋場(,のほか、藩の事績に功のあった侍中ならびに侍中に取り立てた者に逐次蝦夷地に、特に、シコツ、イシカリは巣鷹の
新札幌市史 第1巻 通史1 (藩財政の窮乏)

藩財政の窮乏 『松前年々記』享保五年(一七二〇)の記事に、「此以前ハ一ケ年ニ鷹払代金三千両前後程宛御座候処,、近年御存之通鷹一円時花(ハヤリ)不申、金山透ト絶」とあるように、鷹も金山も松前藩の財源でなくなり、しかも
新札幌市史 第1巻 通史1 (蜂起の起因)

によって、アイヌの取引が知行主の商場内に限定され、しかも米など取引の数量を減らす不等価交換が行われ、かつ鷹場,、金掘などによりアイヌの漁猟圏が荒らされ、さらに鷹用の餌犬の飼育などの、労力の負担を課せられることに対
新札幌市史 第3巻 通史3 (飛行機の登場)

この後、野島銀蔵がカーチス型飛行機早鷹号で、三年九月十九日の予備飛行、二十一、二十二日に本飛行をおこなった,「早鷹天空に雄飛す/民間飛行家野島銀蔵氏=飛行大会の予備飛行=カーチス型複葉」(十九日、大3・9・20,)、「札幌の大飛行/昨日の早鷹号飛行大会=野島氏の大胆なる操縦=札幌上空を縦横に飛翔す」(二十一日、大,3・9・22)、「強風中の飛行/札幌飛行大会第二日=昨日の早鷹号飛翔=野島氏の大冒険」(二十二日、大3
新札幌市史 第1巻 通史1 (起請文の事)

一  御鷹待並金掘に少も如在仕間敷事。,一  殿様御用にて状使並御鷹送り申儀、其外伝馬、宿送り、昼夜に不限少も如在仕間敷候。,御鷹飼犬あたひ出し不申候共無生(遅々)に出し可申事。
新札幌市史 第5巻 通史5下 (女性たちが担い手に)

にれ』(昭和四十四年~五十八年)が、女性のみの文芸誌の草分けであり、南区役所の教養講座から生まれた『鷹』,俳句では、寺田京子が『日の鷹』で北海道で初めて現代俳句協会賞を受賞したのが四十三年であったが、約二十年後
新札幌市史 第5巻 通史5上 (進駐軍の民間施設接収と破壊)

接収された個人住宅は植物園近くの伊藤豊次邸、円山の醸造業者斉藤甚之助邸、中島の西鷹二邸など市内有数の邸宅
新札幌市史 第3巻 通史3 (岩崎家との交渉)

岩崎家との交渉 そして、この決議文を携えた農民代表の西村鷹次郎、喜瀬藤松、宮西頼一、森田宇蔵の四人は,写真-9 拓北農場の争議を報じた記事(北タイ 大9.2.7)  その後、小作人代表の西村鷹次郎以下四人
新札幌市史 第3巻 通史3 (拓北農場の売却問題)

拓北農場の売却問題 ところが八年十二月二十六日、農場の有力小作人の一人である西村鷹次郎宛に、札幌区北八条
新札幌市史 第3巻 通史3 (日露戦後の札幌神社)

戊申詔書奉読祭が明治四十二年五月二十三日、札幌神社の神殿で行われ、衆議院議員東武、東北帝国大学教授南鷹次郎
新札幌市史 第1巻 通史1 (豊臣秀吉の朱印状)

朝鮮攻略を開始し肥前名護屋の本営にある秀吉の下に参じて、志摩守に任じられ、蝦夷地支配権安堵の朱印状及び巣鷹献上
新札幌市史 第2巻 通史2 (札幌農学校の文部省移管)

官制でこの職は廃止され、二十六年ブリガムの離任により外国人教師は跡を絶ち、かわって佐藤、大島正健、南鷹次郎
新札幌市史 第1巻 通史1 (松前蝦夷御用取扱)

やがて同四年には、西蝦夷地も直轄下におかれ、同年八月近藤重蔵をはじめ、鷹野方山田忠兵衛、小人目付田草川伝次郎
新札幌市史 第4巻 通史4 (臨時経画調査委員の成果)

古谷辰四郎,長屋平太郎 区公民 高岡熊雄,馬島渡,平塚直治,小山忠雄,秦勉造,土井良太郎,古藤猛哉,南鷹次郎,藤田昌 古藤猛哉,池田慎太郎,山田幸太郎,平塚直治,秦勉造,土井良太郎,杉本喜久次郎,大滝甚太郎,南鷹次郎
新札幌市史 第2巻 通史2 (水稲作の奨励)

仙北早稲」の種子各一升の送付を依頼しており、五反歩の水田によって籾一八石余の収穫を得、その後も教授南鷹次郎
新札幌市史 第1巻 通史1 (元慶の反乱)

まりなく私に租税をまし、ほしいままに徭賦を加え、なお権門の者が子年すなわち貞観十年(八六八)以来、善馬良鷹をもとめて
新札幌市史 第1巻 通史1 (十三場所と夏商)

十三場所と夏商 夏商とは、アイヌが狩猟・漁撈で得た産物、すなわち干鮭や熊の毛皮、熊の胆、鷹の羽など、
新札幌市史 第2巻 通史2 (勧業・勧農)

会頭南鷹次郎。二十六年会員数五六人、年会費金五銭、事務所南六西四。のち南二西一に移転。機関誌発行。
新札幌市史 第1巻 通史1 (商場知行)

する権利、その交易の場を商場(あきないば)と称したが、それと松前ならびに蝦夷地での鳥屋(とや)すなわち鷹の
新札幌市史 第1巻 通史1 (十三場所の出産物)

干鮭沢山」と、干鮭が第一であったが、天明末~寛政初年の『松前随商録』では、「鰊、干鮭、鱒、梠縄、椛皮、鷹、
新札幌市史 第3巻 通史3 (創立の契機としての「近文アイヌ給与地問題」)

これは三十二年二月の陸軍第七師団司令部の札幌から上川郡鷹栖村近文への移転計画が発端となった。
新札幌市史 第5巻 通史5上 (白鳥事件裁判)

さらに占領下のレッドパージや国鉄総裁が不審な死をとげた下山事件(昭24・7)、列車転覆が計画された三鷹事件
新札幌市史 第5巻 通史5下 (長期総合計画審議会都市計画専門部会の設置)

北海道大学農学部教授)、菊田勝雄(札幌市議会議員)、是安末四郎(札幌市議会議員)、讃良博(札幌商工会議所専務理事)、鷹田吉憲
新札幌市史 第3巻 通史3 (北海道の小作争議)

北海道の小作争議 北海道で最初の小作争議は、明治二十八年(一八九五)秋に鷹栖村愛別原野の金富農場で発生
新札幌市史 第5巻 通史5上 (第九軍団の進駐)

三井クラブ,定山渓鹿の湯ホテル,三越,小林ビル,富国ビル,朝日生命ビル,伊藤豊次邸,斉藤甚之助邸,西鷹二邸
新札幌市史 第4巻 通史4 (『北方文芸』創刊)

古宇伸太郎「馬頭観音」、西田喜代司「転生」、林容一郎「函館戦争」、六号(昭17・12)の創作辰木久門「鷹公召
新札幌市史 第3巻 通史3 (文芸同人誌刊行の盛行)

同誌の予定寄書家には南鷹次郎、松村松年などの農大教官、内田魯庵、巌谷小波などの在京作家、河東碧梧桐などの
新札幌市史 第4巻 通史4 (道庁都市計画課の設置)

13. 4 .14 15.10.19  〃 松下熊槌  13. 4 .14 15.10.19  〃 鷹田元次郎
新札幌市史 第1巻 通史1 (田草川伝次郎)

カラフト・千島襲撃がついにリシリ島にまでおよんだことから、リシリ島辺までの見廻りを、小普請方近藤重蔵、鷹野方山田忠兵衛
新札幌市史 第1巻 通史1 (蝦夷地見回りとイシカリ場所)

この時西蝦夷地リシリ島辺までの見回りには、小普請方近藤重蔵、鷹野方山田忠兵衛、小人目付田草川伝次郎が命
新札幌市史 第2巻 通史2 (旧開拓使事務・事業の移管)

、味噌醬油製造所、札幌陸運改良事業、札幌紡績所 玄武丸、函館丸、矯龍丸、西別丸、乗風丸、清風丸、沖鷹丸
新札幌市史 第4巻 通史4 (町村議員)

山本卯蔵 山本喜太郎 武田林八 大沼三四郎 真貝亮太郎 柳沢力平 鈴木喜作 田中信吉 西村鷹次郎
新札幌市史 第1巻 通史1 (新札幌市史 第一巻 通史一/総目次)

第一次調査 夷境の一都会 第二次調査 四望開豁     四 老中久世広周家臣の調査        鷹羽
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