縄文時代早期の後半には、縄を押しつけたり、回転させたりして施文した縄目の文様の絡条体圧痕文、組紐圧痕文とよぶ土器や、斜行縄文、羽状縄文、それに細い隆起線などを組み合わせた平底の土器が、ほぼ全道的に出現する。東釧路II、III、IV式、コッタロ式(写真3)、中茶路式、梁川町式土器などとよばれるグループである。石器は石槍、つまみのある石小刀、石錘、石斧などで貝殻文・条痕文土器群に伴うものとあまりかわらない。細身で長身の石鏃や環頭石斧など特徴のある石器もみられる。絡条体圧痕文・組紐圧痕文土器群の成立によって、
北海道の縄文早期の文化は安定した状態で、ほぼ全道に均一な分布をみることになる。
写真-3 コッタロ式土器
(千歳市美沢2遺跡)
これまでのべた四群の早期土器群のうち、石刃鏃を特徴とする一群をのぞいた三群は、いずれも東北地方に類縁の土器群があり、それらとの関連で捉えることができる。いわば東日本的縄文文化の枠組のなかでとらえることが可能である。