野津幌川とその支流によって解析された台地上に立地し、北東部には国道二七四号線が走っている。遺構および発掘区からはトコロ第六類土器とそれにともなう石器しかみつかっておらず、本遺跡はトコロ第六類期の単一時期の遺跡と考えられる。
遺構としては、竪穴住居跡四軒、溝状遺構二個、用途不明の土壙一個、石器製作の際の石屑(チップ)の廃棄場と考えられる場所が一カ所みつかっている。住居跡は、プランはいずれも不整形で、中央付近には焼土(地床炉)が全例認められる。柱穴は、第三、四号の二例において検出されているがその配置は不規則である。なお、第三号竪穴住居跡からは、黒曜石製の打製石銛二点とともに、緑色片岩製の磨製石銛が一点みつかっている。