札幌は「読書階級の都市で、まづ東京以北では第一の需要地」(北タイ 昭5・9・14)であった。冨貴堂を例に市民の読書傾向を見てみる。大正十三年は、雑誌類、特に『主婦の友』などの婦人ものが良く売れている。一般書では『結婚愛』(ストウプス夫人著・矢口達訳)、『近代の恋愛観』(厨川白村著)の売行きが良く、『泉谷集』(有島武郎著)は数百部の売上げを記録している(北タイ 大13・9・22)。昭和五年になると、不況で書籍の売上げそのものは一、二割減少した。しかし雑誌の売上げには変動がなく、各種婦人雑誌、娯楽雑誌と『改造』、『中央公論』がともに五、六百部の売上げを示している。昭和初期に旋風を巻き起こした「円本」は、この頃には下火になっている(北タイ 昭5・9・14)。
昭和十三年になると、日中戦争の影響があらわれてくる。相変わらず雑誌は良く売れているが、慰問袋に入れるため同じ雑誌を一五~二〇冊まとめて買う者が出てきた。文学関係は四割減少し、時局関係のものが良く売れるようになった。同じ時局ものでも、東京方面ではパンフレットが良く売れているのに対し、札幌では「相当部厚なもの」が売れている。そのことから「札幌市民の銃後生活にはまだ時間的に余裕がある」(北タイ 昭13・8・6)ものと見られた。十五年には、『日本二千六百年史』(大川周明著)、『花と兵隊』(火野葦平著)、『倫理御進講草案』(杉浦重剛著)等、いずれも全国的に評判となった本が札幌でも良く売れた(北タイ 昭15・10・15)。『花と兵隊』は『麦と兵隊』『土と兵隊』に続く戦記物三部作の一つで、これを皮切りに文壇は戦時色に塗り込められた(出版販売小史)。
出版文化協会(昭15設立)が書籍の購買力の比較的多い都市(六大都市は別)を対象に、一人当りいくらの本を買うかという調査をしているが(北タイ 昭17・1・23)、全国一四都市中札幌は雑誌一七・一銭、単行本二五・六銭で山口、秋田とともに読書熱の高い都市ベスト3に数えられている。