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「札幌市の教育課程」の編成

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 新教育が展開されるなか、札幌市では昭和二十六年三月に『札幌市の教育課程』第一集を発行した。これは札幌市教育課程編成委員会が作成したが、直接の担当は専門委員があたった。小学校部会長は伊藤茂、中学校部会長が藤田喜一であった。前述したように、二人には学校種の違いだけでない、考え方の違いがあった。そのためであろうか、「札幌市の教育課程」は、学習指導要領に基づいた折衷的なものとなっている。ただし、当時の教育状況のなかで、地域実態を重要視したことには間違いはない。第四章「地域社会の実態」と第五章「児童生徒の実態」に、冊子の半分以上が占められている。冊子の第一章は「教育の目標」であり、「札幌市学校教育目標」として「一、健康で明朗な市民となる。二、文化的な教養をもつ市民となる。三、科学的な知性をもつ市民となる。四、生産的な意欲をもつ市民となる」をあげている。この目標策定にあたって、「父兄および一般市民二千名について教育調査、小、中学校三千八百名について興味関心調査をそれぞれ行つたほか全市各学校の関係者が直接、間接にほとんど全員が参加した」(道新 昭26・2・10)ことには意味があろう。
 この目標に基づいて、札幌市小学校の教育目標(一三項目)と札幌市中学校の教育目標(一七項目)が構成された。第二章「学習の課題」は、これらの学校教育目標を「生産・文化・科学・健康」と分類し、一般的な課題と各学年ごとの成長発達に即して、それぞれ「~したらよいか」といった身近な生活の課題としてまとめている。第三章「学習基準表」は、「地域社会の要求や課題を基盤とし、児童生徒の実態に基づいて、単元を構成する場合の具体的な学習の目標や内容の基準」を示したものである。編成委員会の佐藤麟太郎委員長のいうように「単元を編成するまでには至らなかった」のである。
 札幌市教育課程編成委員会は、札幌市教育研究協議会(札教研)に発展した(昭25・5・25発足)。札教研は、市教育部、小中学校校長会、北海道教職員組合札幌市支部の三者によって構成されたユニークな組織である。教育研究大会を開催しながら、第二集の小学校編、第三集の中学校編(昭27・3)を発行する母体となった。「札幌市の教育課程」は、以降、学習指導要領の改訂に伴い、続刊された。