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昭和四十年代

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 昭和四十年一月創刊の『狂人詩派』は戸沼礼二の個人誌で大門太、木ノ内洋二が作品を発表した。同年七月創刊の『北海道詩人会議』(村田耕作)は翌年十月の八号から『ひるぎ』と改題された。四十一年には笠井嗣夫の個人誌『密告』が創刊され、四十二年五月創刊の『にじゅうえん詩集』(東延江、熊谷政江、村木雄一)、同年六月創刊の『視線と拠点』(笠井嗣夫、工藤正広、中森敏夫)など若い世代が登場した。