八戸林学士森林行政論

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          伊予新居浜  緑  山
   第13号の続き
以上は欧州先進国にて小所有の森林と称するものなるが、尚(なお)大面積に亘り所謂(いわゆる)中所有即ち千町歩以上数千町歩以下の森林に至りては国有林の管理員と同資格を有する堪能の職員並低度の学校を卒業したる助手を採用し、大所有即ち数千町歩以上の森林に在りては国有林の管理制と大体に於て異る事なし。我国有林行政に在りては小林区署長は即管理員に相当し其資格より推する時は、小数の指定小林区署長は林区長制に当つべきが如(ごと)しと雖も、其権限に至りては両者異る所なく唯前者は比較的重要なる林区を管理するに過ぎず、之れを総(す)ぶる(注9)に数回の拡張ありたるに拘(かかわ)らず、小林区署長の権限尚甚だ狭くして所謂管理員たるの実なく、随つて小林区署長は森林業務の主脳たり精神たること能(あた)はず。之れを林区署官制(注10)に徴する(:調べる)も小林区署長は単に総管員たる大林区署長の職務を分掌するに止まるが如く往々些末(さまつ)の事件に至るまで一々成を上司に仰ぐを見れば、林業の主体は寧ろ総管員に在りと謂ふを適切なりとするが如し。此の如く其権限甚だ狭きに反し其管轄林域は至つて広く、更に進で管理員其人の経歴如何、技能如何を見れば、大多数の者は論説の外に在て到底之を欧州先進国の大学又は高等教育を受けたる管理員と比較すべきにあらず。思ふに我国有林業務の振はざるは管理員其人を得ざると業務の主脳其所在を誤るとは蓋(けだし)最大の原因ならんか。
我私有林にありては住友別子鉱業所の如き、古川足尾銅山の如き、北海道炭鉱鉄道会社の如き、小樽木材株式会社の如き、三井・藤田の如き、其他2、3の場所に於て、大学或は高等の専門教育を受け管理員たるの資格を備へたる職員を任用するものありと雖(いえども)、此等の多くは造林或は伐木等に限れる。臨時若(も)しくは一時的の事業にして完備したる林業を行ふものなく且其事業孰(いず)れも創始に属し未(いま)だ森林管理の編成として説くべき者あるを知らず。
   第3節 林務監査員
林務監査員の職務権限は前節に述べたる管理員の編成異なるに随ひ自(おのずか)ら等差あり。即、林区上長制の場合に於て林務監査員は純粋の監査事務を執るものにて、詳言すれば管理員業務の実行は果して施業上に遺等(注11)なきか、又は行政上の規則に適合するか、伹(ママ:其の誤りか)は永久的施業を完成するに於て其方針を誤ることなきや等を監査するに止まり、林区長制に在つては監査員は以上の外、尚業務の指導をなし、其実行に付ては管理員と共に其責に任ず。監査員の職名も独逸(ドイツ)帝国内行政の異るに応じ、諸連邦区々に別れ『フオルストマイステル』『フオルストインスペクトール』『オーベルフオルストマイステル』『フオルストラート』『レギールングラート』等と称す。我国にても曽(かつ)て山林局内に山林監督官なるものを設けしことありしも、幾許(いくばく)もなくして之を廃したり。蓋其所在不当なりし為め監査の効果を挙げ得ざりしに因するならんか。
 監査員の執務場所に就ては三様の別あり
  第1 監査事務執行上便利の地方を選み、特別に中間事務所を開くこと
  第2 林務総管機関の中に之を置く事
  第3 地方普通行政庁内に之を設くること
是(これ)なり。
独逸帝国内に於て此三制は併用せられつゝあり。例之挨塞烏爾顛山(注12)に於ては、第1の中間事務所制。巴丁(バーデン:注13)に於ては第二制。普魯西(プロシア:注14)、巴威里(ババリア:注15)『エルサスロートリンゲン』に於ては第三制を採用せり。而(しか)して何れの制を以(もっ)て最も優れりとするやと云ふに、森林面積の大森林分布の有様、警察制度の状況等を斟酌し実地的に選択すべき問題にして一概に断ずべからずと雖も、性質上よりして之を論ぜば第1を以て最も善良且効果ある制なりとす。然(しか)れども総管庁と管理庁との間に一の庁衛を増設する次第なるを以て、少くとも経費の増加は免がれざるべく、我国の森林行政に向つては此制を推奨するの理由を見出さず。
小或は中所有即数千町歩以下の私有林に在りては、此機関を欠除し政府に於て監督を行ふ。大所有に在りては国有林と同じく専務の監査員を備ふるを常とす。
我国有林行政に在りては監査員は林務総管機関、即ち大林区署の中に存じ大林区署長と同官名、即ち山林技師と山林事務官とより成り、数名の監査員は業務別に総ての管理区、即ち小林区を通して其職務を分掌し監査区域なるものを設けざるが如し。然れども前節に述べたる如く管理員の権限至つて狭く、随て上司の指揮を仰ぐべき事件夥多(かた:非常に多いこと)なるのみならず、一般執務の方法甚だ復雑なるが為め机上の事務に忙殺せられ、実地の調査に追窮せられ監査の本務を執行するの余裕なく、之
 
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を実質上より観るときは監査員にあらずして、却(かえっ)て大林区署長の補佐員たるに過ずと謂ふべし。
国有林以外の森林に対する監督は奨励事務と共に普通の地方行政庁に於て之を掌り、此制度は蓋(けだし)合理的なりと雖(いえども)監督員たる当局技師の位置確実ならず。職員亦(また)大に不足にして未(いま)だ容易に監督の目的を達すべくもあらず。予は少くとも地方官制中に林務技師を加へ事務官と同じく其俸給全部を国庫支弁と為すの必要を説くものなり(つゞく)。