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[解題]
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『浮世床』は『浮世風呂』の後を承けた、ともに落語の影響のある式亭三馬の代表的な滑稽本の一つである。角書(つのがき)は「柳髪新話」。初編3冊は文化10(1813)年、二編2冊は翌年刊行で三馬作。三編3冊は文政6(1823)年、三馬の死後の刊行で作者は滝亭鯉丈(りゅうていりじょう)。三馬は本書に髪結床の主人鬢五郎登場させることにより、単純な会話小説に小説的必然を与えている作品といえよう。
三馬は自己宣伝がうまい。初編巻之上の長屋の挿絵にさりげなく『浮世風呂』を図示し、また冒頭部には「浮世風呂の隣れる家は、浮世床と名を称(よ)びて」と説明している。その上『浮世床』の初編自序の最後には、自分が営む薬店で販売の頭痛薬「本町延寿丹」と、大いに売れていたという三馬創案との化粧水「江戸の水」を書いて宣伝している。
江戸の髪結床は普通四辻の角にあり、銭32文で男性の髪を結い、髭や月代(さかやき)を剃ったりする場所である。当時の庶民の社交場である「浮世床」に集まる人々の時間つぶしの無駄話を書き連ねている。無駄話は髪結いの順番を待っている人々、また毎日のように遊び半分に集まった人々の気楽な時間での会話の数々である。
初編では常磐津師匠あだ文字の噂話と品評。表を通る美人の評から女房論。もらってきた猫の名を考える会話、居候の飛助の悪口など。二篇では「浮世床」の裏隣の家に呼ばれた巫女(いちこ)の口寄せの描写の展開。ある町の評判娘を張りにいった話、また戒名の話、昔の髪結床の話、流行歌の話、越後の瞽女の歌についての講釈など。
『浮世床』はありふれた庶民の類型が生地のまま登場し、駄洒落を弄ぶ、人の批評、また悪口をいうなどの日常の会話を描いている。この会話から庶民の日常生活の雰囲気がそのまま滲み出ているのだ。特殊な人物の性格描写ではなく、三馬は普通の人の会話を描いたので、庶民社会や生活を文芸化したことの意義は大きいと思われる。作者も読者も共に住む江戸の下町をまともに描いた最初も作品であろう。