目録ID
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mp000380-200010
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タイトル
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杉戸絵 菊花(裏 緋桐)
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タイトル(カナ)
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すぎどえきっか
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タイトル(ローマ字)
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タイトル関連
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タイトル関連(カナ)
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タイトル関連(ローマ字)
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欧文タイトル
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タイトルに関する注記
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作成者
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作成者(カナ)
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作成者(ローマ字)
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出版・製作者
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出版・製作者(カナ)
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出版・製作者(ローマ字)
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製作年
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江戸時代後期
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製作年終
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数量
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四面(二枚)
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形状
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杉戸絵
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大きさ
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大きさ(縦)
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各面 縦160.0cm
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大きさ(横)
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各面 横76.0cm
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媒体
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形態に関する注記
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板絵著色
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保存状況
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縮尺
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その他の注記
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言語
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ISBN
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ISSN
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主題
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主題(カナ)
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主題(ローマ字)
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関連する地域・場所
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関連する地域・場所(カナ)
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関連する地域・場所(ローマ字)
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関連する人物・団体
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関連する人物・団体(カナ)
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関連する人物・団体(ローマ字)
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内容年
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内容年終
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内容
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内容(カナ)
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内容(ローマ字)
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解題・説明
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本坊とは、式台や大広間、書院、寺務所、台所などを含む広大な空間で、本堂から雁行するように続いている。それぞれの部屋には、襖絵や壁貼付の絵があり、部屋の名称にもなっている。金箔を貼った部屋は「金の間」、襖絵に松の大樹が描かれた部屋は「松の間」、草花や小鳥が描かれた部屋は「花鳥の間」と呼ばれる。 また、襖絵や壁貼付ほど大きなものではないが、通路の境に嵌められ、存在感のある杉戸絵も存する。御内仏と呼ばれる持仏堂の周辺に所在し、三面現存している。 その内の一面は極めて写実的に描かれた植物図である。片面に菊、背面に緋桐が描かれている。このI面のみは現在の通路に嵌められている。精密な描き方をみると、本草学が盛んになる江戸時代後期以降の制作とみられる。 緋桐は、赤い花が美しい落葉低木で、葉が桐に似ているために、その名がある。唐桐とも呼ばれる。インド原産で、中国南部でも自生する。日本には、延宝年間(一六七三~八一)頃に渡来し、観賞用として栽培されるようになった。貝原益軒の「大和本草」(一七〇六年刊行)にも登場する。 富山藩においては、第十代藩主・前田利保(一七九九~一八九九)が、本草学に詳しく、御抱絵師に美しい植物図鑑「本草通串証図」(富山県立図書館蔵)を描かせたことが有名だが、加賀藩においては、さかのぼって第五代藩主・前田綱紀(一六四三~一七二四)に仕えた本草学者・稲生若水(一六五五~一七一五)などの俊英がいた。稲生の『庶物類纂』六三八巻は、『本草網目』や『大和本草』を遥かに凌ぐ水準の博物学であった。病没の後には、弟子・丹羽正伯(一七〇〇~五二)が完成させて、加賀藩を通して幕府に献納したものである。こうした学問的な気運を前史背景として、描れたものだろうか。(引用:「重要文化財勝興寺本堂落慶記念 勝興寺宝物展」)
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解題・説明(英語)
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来歴
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来歴(英語)
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所蔵機関
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勝興寺
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原資料の所在地
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勝興寺
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資料番号
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『勝興寺宝物展』図録番号:38・39、『勝興寺絵画目録』整理番号:四七二
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管理記号
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カテゴリ区分
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静止画
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資料種別
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絵画
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資料分類(大分類)
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宝物
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資料分類(中分類)
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絵画
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資料分類(小分類)
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文化財情報
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manifest.jsonへのURL
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参照データ
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関連ページURL
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宝物作品解説
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関連画像URL
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自治体史掲載
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出版物・関連資料
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『勝興寺宝物展 重要文化財勝興寺本堂落慶記念』(勝興寺ほか 2005)
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翻訳元の言語
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権利関係・利用条件
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原資料の利用条件
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権利関係・利用条件に関する注記
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緯度・経度・高度に関する注記
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DOI
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既刊目録名
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『雲龍山勝興寺絵画目録』(勝興寺文化財保存・活用事業団 2010)
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デジタル化の経緯に関する注記
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