解題・説明
|
本資料は、後陽成天皇(在位1586~1611)の御愛用品と伝わる。明治29年(1896)6月、国の寺社宝物調査の際の勝興寺「取調書」に、『一御宸筆色紙 参拾五枚/後陽成天皇御寄付慶長二年十月住職顕稱入内ノ節之ヲ賜』と記されている。色紙と一緒に硯箱も貰った可能性があるということで、この伝えが生まれたのであろう。『富山県の文化財(県指定編)』にも「伝、後陽成天皇御愛用品 筆一欠」と記している。蓋は銅張り甲高で、黒漆地の海と金粉ぼかしの雲を隔てて遠を望む州浜に、白い波頭を見せて打ち寄せる波、海浜の松林、草庵などを配した図柄を、金研ぎ出し蒔絵と青貝細粉蒔絵で優雅に描き出している。箱の上縁は金粉を密に蒔きつめた沃懸地(いかけじ)。中身は濃金梨地で黄金色に飾り、箱入りの硯、筒入りの小刀と筆が置かれている。この箱や筒につけられた模様も、蓋の図柄と関連した千鳥や鷺などをあしらった水辺の風景で、穏やかで閑雅な趣を湛える。室町時代以来の伝統に忠実で、桃山時代から江戸初期にかけて流行した高台寺蒔絵とは一味違う作風である。
|