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解題・説明
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元亨三年(一三二三)、峨山禅師が、總持寺開闢の由来について記したもの。 この縁起の元となったものは、瑩山禅師が著した『観音堂縁起(總持寺中興縁起)』である。 全体の構成は、總持寺が行基菩薩の創建の教院、定賢律師と瑩山禅師との瑞夢の結び付き、総持一門八字打開の法語、楼門上の大般若経・放光菩薩の安置など、『観音堂縁起』に基づくものである。しかし、『観音堂縁起』の中央部、鎮守三所権現・大雁飛来の瑞夢の記述が無く、十種疑問・勅願所等が付加されるなど、内容の異同が大きい。 なお、「十種疑問・勅願所」に言及する点、「紹碩」と自著する点、元亨三年の時点で峨山禅師が『諸嶽観音堂縁起』基づく由来書を書き表す理由が見出せない点などから、真撰であるか疑問視されている。 しかし、總持寺開闢の由来を後世どのように捉え、伝えようとしていたかを知る重要な資料と言えよう。
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