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解題・説明
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總持寺祖院(石川県輪島市)に所蔵される瑩山禅師の肖像画の複製である。本像は令和六年(二〇二四年)の瑩山禅師七〇〇回大遠忌を記念して複製された。 袈裟を着け、払子を右手に持ち、法被を掛け拄杖を立てかけた背高の曲彔に正面を向いて坐す瑩山禅師が画かれる。頂相画としては、もっとも威儀を正した姿であり、像主の向きや衣紋の違いを措くならば、總持寺(横浜市鶴見区)所蔵「瑩山紹瑾像」(重要文化財)と重なる要素が多い。 本図の原画が制作された詳細な年代は不明であるが、像主に認められる強い正面性は、黄檗肖像画の影響によると考えられるため、近世以降の成立であると判断される。 画面上部には、總持寺独住第二六世・石附周行睨下(光潤道圭禅師)が揮毫した瑩山禅師の遺偈が付される。この遺偈は、正中二年(一三二五)八月十五日、瑩山禅師が示寂する直前に示したものである。遺偈の原文は「自耕自作閑田地、幾度売来買去新、無限霊苗種塾脱、法堂上見挿鍬人」であり、「私は道元禅師がもたらした正法が、日本の地に根付くよう、休耕田となった大地を懸命に耕し、苗を植え、収穫されたものを売買しては新しい苗を植えるといったように、弟子の育成に励んできた。今は数多くのすぐれた弟子たちが育ち、円かな悟りの実を結び、彼らが次の世代へ向けて、法堂で数えの鍬をふるっている」という意味になる。
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