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タイトル 白鳥塚古墳
タイトル(カナ) シラトリヅカコフン
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解題・説明 日本武尊<やまとたけるのみこと>の御陵といわれ、東征の帰途ここでなくなった尊を塚を造り葬ったところ、白鳥となって大和をさして飛び去ったという伝説にもとづく古墳である。
 かつては円墳と考えられていたが、発掘調査により5世紀前半に遡る帆立貝式古墳であることがわかった。墳丘部の全長は78mで、基壇・溝条遺構を含めた全長は、約90mに及ぶ。墳丘には茸石を伴い、円筒埴輪のほか、朝顔形、蓋(きぬがさ)形、盾形、壺型埴輪が出土している。
 本居宣長は『古事記伝』で、この古墳を尊の能褒野<のぼの>陵の有力候補としてあげている。
 隣接する加佐登神社は日本武尊を主神とし、尊が置いていかれた笠にちなんで『笠殿⇒加佐登』になったと伝えられている。
 この付近には、そのほかにも尊の冠・衣装を祀ったと伝える、宝冠塚、宝装塚や、父景行天皇が尊のあとを弔<とむら>うため東国を巡り、その帰途この地に至り、しばらく滞在したといわれる綺宮<かんはたのみや>(加佐登町字綺宮崎<きのみやさき>など尊の伝説にちなんだ古墳や伝承地が多い。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 加佐登神社
原資料の所在地 石薬師地区、石薬師町北松塚
資料番号
管理記号
カテゴリ区分 遺跡
資料種別
資料分類(大分類) 記念物
資料分類(中分類) 史跡
資料分類(小分類)
文化財情報 県指定史跡(指定年月日:昭和12年11月10日(1937年))
IIIFマニフェストURL https://adeac.jp/viewitem/suzukabunkazai/viewer/iiif/view007020/manifest.json
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自治体史掲載
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目録ID ct007020
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