(2) 周辺道路等の整備

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 工場設置の条件として用地とともに重要視されるのは、原材料や製品の輸送などに関する交通機関や道路状況で、その整備が問題となった。昭和25年10月の呉羽紡績(株)との協定書では、市は「敷地ヨリ伊勢街道及四日市―白子線(県道)ニ至ル道路ヲ幅員八米ノ舗装路ニ改修」することが求められ、その他の協定書などにも舗装や道路新設・改修の条文が見られる。特に本田技研工業(株)とは35年2月に「市道整備についての協定書」を別に締結し、工場敷地周辺の道路整備を市が行うこととした。その整備の概要は、市道2路線における幅員7m・延長約11㎞の舗装と幅員15m・延長610mの新たな市道敷設(幅員7mの舗装含む)であった。その所要経費は3,700万円を限度として会社が市に融資し、返済は約2か年3回の予定で、2回目以降の返済額に係る金利相当分は市が奨励金として会社に交付することとなった。

 また、昭和27年8月の旭ダウ(株)との契約書には、道路整備だけでなく、会社側が国鉄加佐登駅構内に設置する専用荷扱所についての斡旋や加佐登駅に通ずる県道にある庄野橋の緊急の改良工事実施などが条文に盛り込まれている。さらに、近畿日本鉄道伊勢神戸駅から工場付近までの線路延長についても積極的に運動を行うことが市に要望されていた。この延長線は、かつて18年に軍の要請で鉄道敷設免許が交付されており、海軍工廠の閉鎖で起業廃止となっていたもので、旭ダウ(株)をはじめ以後の倉毛紡績(株)・本田技研工業(株)の工場設置によって20年後の38年4月に平田駅までの延長が実現した(『三重県史』資料編 現代2)。それに、36年6月の敷島スターチ(株)との仮協定書では、鈴鹿漁港の浚渫を市が実施することも定められ、工場設置の周辺整備が様々な形で進んだ。