工場誘致に伴い市が実施した事業はほかにも多種見られ、工場への電力導入についても市が積極的な協力をした。多くは電柱や変電所などの建設に必要な土地の斡旋であるが、昭和27年12月の大東紡織(株)との覚書や契約では市が送電線を架設し、電話線の架設・ガス路線の新設も行うことになっている。また、工場従業員住宅の確保・整備も重要で、倉毛紡績(株)や本田技研工業(株)の協定書等には、従業員の寮・住宅地に対する資金の斡旋、敷地の設定などが盛り込まれている。特に本田技研工業(株)の場合は別に「独身従業員住宅についての協定書」を結び、(財)鈴鹿市開発公社が2階建鉄筋コンクリート又はブロック住宅80戸を建設して経営するものとし、その資金8,000万円は会社が市開発公社に融資するとある。
なお、これ以外にも、土地所有移転に伴う登録・農地法関係の手続きなど細々した事務を市が肩代わりして行うことが協定書等にはいくつか見られる。単なる工場設置奨励条例に規定された奨励金の交付や市税の減免措置だけでなく、市内への工場設置には数多くの市の積極的な誘致策があった。
以上、鈴鹿市70年の工業発展を統計資料中心に概観し、終戦後の軍施設転用の対策、さらには工場設置奨励条例の制定と市の具体的な工場誘致策を見てきた。特に工場誘致策の事例では企業優遇という面が強く感じられる。こうした策については是か非か、様々な意見があるであろう。しかし、現実に工場誘致は進み、鈴鹿市の「廿万工都」は実現した。鈴鹿市の工業発展の上で工場誘致策が果たした役割は大きい。まず、その歴史的な事実を認識し、そこにどんな声があったのかを知ることが次の課題である。
そういう意味で市議会の議論は重要な手掛かりになる。会社と市長の間で締結された協定書等には大抵「市議会の承認」を義務付ける条文が掲げられ、市議会に協定書案が提出されたり、立会人として市議会議長が署名したりしている。市議会でも関連の質問はいくつか出されていた。たとえば、昭和28年3月の定例会では「呉羽紡績、旭ダウ、大東紡織の誘致に成功したが、工場誘致に要した費用はどれくらいになっているのか」、「工場誘致の条件として協力した地元市民を優先的に採用することについて」などの質問が出され、29年3月の定例会でも「工場誘致費の整理償還」などの質疑があった(『鈴鹿市議会史』資料編)。これらの議事録は確認していないが、いろいろな意見が出されたと思われ、今後の調査の必要性を痛感する。
また、ここに掲げた事例は市役所公文書に綴られている協定書等から見ただけにすぎない。そのとおり実行されたかどうかは確認できないところもあり、既に工場が存在しないもののいくつかある。呉羽紡績(株)の工場はのち東洋紡績(株)の鈴鹿工場となり、今は鈴鹿医療科学大学の敷地へと変貌し、大東紡織(株)は撤退して住宅開発が進みつつある(『鈴鹿市旭が丘郷土誌』)。そして、倉毛紡績(株)は昭和39年に鐘淵紡績(カネボウ)(株)となり、今はイオンタウン鈴鹿などの商業地として再開発されており、旭ダウ(株)は旭化成(株)と社名変更した。こうした会社の変遷と市の都市開発との関連も見ていく必要があろう。
なお、今回この小文を執筆するにあたり、市役所公文書の特に『既存工場誘致関係書』を多く利用させてもらった。企業情報ではないかと思われる部分も見られ、記述を迷う箇所もあった。しかし、全国各地に公文書館が設立されている現在では、30年を経過した公文書は歴史的な資料として原則公開されていることが多く、あえて表記することにした。公文書が歴史的な資料として広く公開され、学術的な調査・研究の対象となることで、不景気で雇用不安のある現在から次世代への転換策が見出せる可能性がある。鈴鹿市の場合は未だ原課が管理する現有文書として保存されているようだが、歴史的公文書としての移管がなされ、広く閲覧利用ができる公文書館機能体制の確立に期待し、鈴鹿市70年がその契機になればと願う次第である。
参考文献
・『鈴鹿市史』第3巻 鈴鹿市教育委員会 鈴鹿市役所 平成元年
・『20年のあゆみ』鈴鹿市役所 昭和37年
・『市制60周年記念 鈴鹿市のあゆみ―軍都から平和都市へ―』鈴鹿市教育委員会 鈴鹿市旧軍施設調査研究会 鈴鹿市 平成14年
・『庄野郷土誌』庄野郷土誌編集委員会 庄野地区魅力再発見実行委員会 平成5年
・『鈴鹿市の生いたち』杉本龍造 鈴鹿市役所 昭和50年
・『三重の戦争遺跡』増補改訂版 三重県歴史教育者協議会 (株)むつぎ出版 2006年
・『伊賀の軍事施設と戦災(もう一度たどろう戦中派からの願い)』田畑孝一 平成19年
・『鈴鹿市議会史』資料編 鈴鹿市議会史編さん委員会 鈴鹿市議会 平成16年
・『三重県史』資料編 現代2(産業・経済) 三重県 平成4年
・『鈴鹿市旭が丘郷土誌』旭が丘郷土誌編集委員会 鈴鹿市立旭が丘公民館 平成21年