最後になるが、アンケートと証言の理解について留意しておかねばならないことがある。アンケートの回答には匿名の方が多く、また体験を詳細に書かれてはいても、聞き取りに応じることは拒否される方も少なくなかった。ほとんど空白のアンケートに、「悪い思い出ばかりで書きたくありません」「思い出したくない。悲惨の一言」「空襲で母が焼け死、助けられず。思い出で涙が止まらず。封じ込めた心。八十才の現在まで苦しみ続けてきた」「今も忘れられず、戦争に関するテレビは一切見ることができない。新聞記事も思い出はつらい事ばかり」などと痛切な心情が記されることもあった。「このアンケートで忘れて居た2人の兄のことを思い出しては涙がとまりません」などと、アンケートの依頼によって悲しみを新たにさせてしまうこともあったようで、申し訳ない気持ちで一杯にもなった。重く、辛い経験をした人にとっては、現在においても戦争は終わった話ではない。恐らくアンケートに回答を寄せられなかった方々で、同様の思いを抱く人は少なくなかったであろう。
聞き取りに応じて下さり、その内容を原稿化した後になって、匿名を条件とされたり、掲載を拒否される方も出た。貴重な証言内容をご本人の要望で削除した部分も少なくない。苦心の原稿が没となるのは辛いものだが、ご本人の心情や周囲への配慮から、やむを得ないことと思う。だが、そのなかで差し障りのない範囲で、この「解題」中に内容を紹介させて頂いた。
アンケートに回答の上で、聞き取りとその内容を成文化した原稿公表を快く承諾頂いた約80名の皆様には、心より御礼申し上げたい。皆様の貴重な証言が、次の世代に大事に引き継がれていくであろう。だが、戦中・戦後の生活全貌に迫るには、その背後に隠された、いまだに語ることのできない人びとの辛く重い心情にも、思いを馳せねばならないのである。