はじめに

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 今回の共同研究において、戦時を体験された方々からの証言、鈴鹿市役所に伝わる行政文書に加え、当時の鈴鹿市域がどのように報道されたのかを、『伊勢新聞』を用いて検討することにし、昭和13年から昭和30年までの記事を検索し、データ化作業を行った。『伊勢新聞』とは、明治11年に津で創刊されて以来、現在まで刊行され続けている新聞で、紙面は社説・雑報・公報・小説・広告などから構成され、三重県下の地域的な話題が豊富に掲載されている。検索には三重大学附属図書館所蔵の紙焼き製本(縮小複写)の『伊勢新聞』を使用した。

 記事のデータ化作業においては、鈴鹿市の戦中・戦後を知るという趣旨に沿って設けた基準で検索し、学部学生3人の協力を得て入力作業を行った。データの項目は、「年」「月」「日」「紙面」「日刊/夕刊」「見出し」「地域」「内容」とした。なお、「地域」は市制や合併により現在の地名と異なっている場合も、基本的に新聞の記載に従って表記し、「内容」は適宜要約し入力した。

 戦中と戦後とでは、記事の検索の基準を変更している。戦中(昭和13年~昭和20年)の記事では、基本的に鈴鹿市に関わるすべての記事を検索の対象とした。しかし、農業・選挙・災害・事件など戦争との直接的な関係性が見られないと判断した内容の記事、頻出する戦死者名の書上げは対象外としている。戦後(昭和21年~昭和30年)の記事では、鈴鹿市からの分離問題、企業誘致、産業に関する記事と、聞き取り項目に関連する記事(米やイモの買出し、農地改革、娯楽等)を中心に検索した。また、戦中・戦後を通して広告も検索の対象外としたが、海軍工廠の工員募集など軍事関連の広告については、一部データに組み入れている。

 今回の『伊勢新聞』記事の検索作業では、昭和13年から昭和30年までの期間で2,000件以上の記事を見出し、そのデータを掲載するに至った。これらのデータを使用しつつ、鈴鹿市の戦中・戦後が『伊勢新聞』にどのように報じられたのかを、以下に紹介する。