寄付金、国防献金、功労者表彰

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 寄付金、国防献金に関する記事は多数見つけることができ、今回の調査では150件近くの記事を確認することができた。個人・団体、老若・男女を問わず、様々な人から寄せられ、一般市民だけではなく内地や外地で活動する軍人から献金が寄せられた例もたくさん見受けられる。金額も子供がお小遣いを献金した数銭程度から、団体の献金数千円まで幅広い。鈴鹿に限ったことではないが、献金・寄付が多数寄せられたのは婦人会などの各種団体による奨励や学校での教育による成果であろう。以下に寄付・献金に関して注目される記事を3例挙げる。

「昭和13年3月20日(夕刊)」

額に汗して童心の献金 白子校の児童たち

(前略)等六女生徒佐賀秀子、松野英子、久保田千恵さんの三少女は受持の鈴木みさを先生からいろいろ事変のお話を聞いて幼い心に非常に感銘を受け、去る一月中ごろから事情を話して同町江島濱口雑貨店から化粧品、小間物、荒物類を借り受けて学校やお習いの間を利用して町を売り歩いたが三円三十銭の純利益があったので鈴木先生に相談の上国防費献金として寄託(後略)

「昭和17年3月30日(日刊)」

死に臨んで献金奉公 戦に征けぬ不甲斐なさを嘆き河芸郡河曲村に銃後悲話

銃後を泣かす献金悲話―河芸郡河曲村大字本田、田中登君は昨年度の徴兵検査以来病床にあって決戦下身をもって御国に御奉公出来ぬ不甲斐なさを嘆いていたが、去る三月以来病が更にあらたまり遂にこのほど不帰の客となった。そして遺言に

徴兵検査は丙種となり今また病床にあって再起することは能はずお国のためにまことに済まない。私の貯金が五百円あります。これをそのまま国防献金にして御恩に報いて下さい

とあったので父亦三郎さんは息子の遺志をそのまま廿八日同村清水分会長の手を経て津連隊区司令部へ寄託した

「昭和17年12月17日(日刊)」

匿名勇士の献金

十四日鈴鹿市神戸警察署へ軍服姿の勇士が訪れて「これを見て下さい」と一通の封書を差出して立去ったが、不審に思った原署長が開封すると現金二十円と次の文意の書面が現はれ原署長は痛く感激し身元を調査中であるが、この勇士の善行銃後民に感銘を与えるものである。その文面は

これは日頃節約して得た金で、少々ではありますが国防献金の一端として下さい。時局はいよいよ重大となるばかりですから、吾々も大いに緊張して国家したい考へです

 このほか、功労者表彰に関する記事もいくつか確認することができた。「誉の家」を始め、功労者、優秀生徒、優良町村など国策に貢献した者が表彰されている。昭和13年2月15日の日刊には3人以上の応召軍人を出した96家が表彰され、鈴鹿では12戸の家が表彰されたことが報道されている。その他、教練成績優秀者として神戸中学生2名が表彰されている(昭和14年11月15日夕刊)。