伊勢新聞データベース

キーワード:河芸
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No 刊行年月日 西暦 伊勢新聞の【見出し】内容 掲載 地域
1 昭和14年3月20日 1939 【河芸高女卒業生の赤誠】河芸高女の卒業生が新聞収集などをして得た金を国防献金した。
2 昭和14年4月2日 1939 【愛婦へ続々寄付】愛婦支部事業資金として3人が寄付をした。
3 昭和14年4月18日 1939 【歩三三の連合演習中北勢山野に展開】歩兵三三連隊を中心とする連合演習が24日より開かれ、26日まで続く。 日刊 3面
4 昭和14年7月22日 1939 【さあ県下の宝庫を探る】県下中等学校博物科担任教員14名を派遣し、県下の地下に眠る宝庫の開発を行う。 日刊 3面
5 昭和14年8月1日 1939 【誉の傷痍軍人の職業相談所】傷痍軍人の職業を保護するため、職業相談書を開設し各地に出張している。 夕刊 2面
6 昭和14年8月27日 1939 【郷土短信 河芸】白子町での愛婦・国婦幹部会の開催について。 日刊 2面
7 昭和14年9月5日 1939 【模範お百姓表彰】米増産の国策に沿い、最善の努力をした県下の百姓27名を此度表彰することとした。 夕刊 2面
8 昭和14年10月11日 1939 【謎の総意開かる】鈴鹿・河芸を含む5市で県議選が開かれ、各候補者や立合い人たちは興奮に包まれている。 夕刊 1面
9 昭和14年10月16日 1939 【“殊勲甲”57名】第17回論功行賞で護国の英霊7854柱に栄誉がもたらされ、うち200名は県下出身である。 日刊 2面
10 昭和15年1月13日 1940 【青年団経営指導講習会】青年団活動の活発化のため大日本青年団副幹事岩崎龍氏を招き、青年団経営指導講習を行う。 夕刊 1面
11 昭和15年1月17日 1940 【市町村雑誌】17日米穀□給問題中心の協議会が開かれる。18日郡牛馬商組合議会が開かれるなど。 日刊 2面
12 昭和15年2月16日 1940 【九段で神なる父と逢ふ】戦死した父や兄に対面する59名の遺児が選ばれた。係官の引率で3月25日上京する予定である。 夕刊 2面
13 昭和15年4月24日 1940 【8万若人を動員し農産物増産に拍車】昨年から県下の男女青年8万を動員して産業経済活動を行っているが、来年度これを拡大するため各地で協議会を開く。 夕刊 2面
14 昭和15年8月3日 1940 【体力検定講習会】県は2日四日市で三重郡・河芸郡・鈴鹿郡関係者100名ほどを集め講習会を行った。 日刊 3面
15 昭和15年8月6日 1940 【県下9地区に分かち米配給に万全期す】8月1日から実施している県の米配給統制は6日より第2段階に入り調整が進められている。 日刊 2面
16 昭和16年5月16日 1941 【聖地女学生の捧ぐ誠】鈴鹿高女4年長谷川美世子さん。河芸高女3年長谷川千栄子さん。皇后陛下の行幸を控えての感動を伝えている。 夕刊 3面
17 昭和16年9月7日 1941 【青校教育刷新企画】県は学校経営について詳細に視察し適当な指導を与えることとなった。 夕刊 1面
18 昭和16年9月11日 1941 【四市地方の商組再編】四日市市を中心として再編成される小売商業組合の編成について。 日刊 2面
19 昭和16年10月28日 1941 【前校長の墓前に薫る】2年前に亡くなった河芸高女前校長の墓前に生徒たちが任意で墓参りをしている。 日刊 3面
20 昭和17年1月3日 1942 【銃後乙女の初便り】安田登志子氏による手紙の文章。 日刊 4面
21 昭和17年1月9日 1942 【河芸郷郡検閲日割】郷郡何部連合分会における本年度検閲式の日割り。 日刊 3面
22 昭和17年2月21日 1942 【郷土版】県協利会では役員会を開き、戦時第1次祝賀記念として戦時貯蓄債券7円50銭を10枚購入した。 日刊 3面
23 昭和17年2月27日 1942 【郷土版】北部11か村国民学校児童、神戸実女、河芸高女では製作した慰問品を各町村出征軍人に発送する。 日刊 3面
24 昭和17年3月4日 1942 【郷土版】18日、神戸実科の卒業式が行われる。卒業生70名中7名は海軍燃料所、5名は豊田自動車、10名は国民学校教師などへそれぞれ就職。 日刊 3面
25 昭和17年3月7日 1942 【床し校長の贈物】河芸高等女学校長伊藤三喜男氏は100名の卒業生に一人一首ずつの和歌を贈った。 夕刊 2面
26 昭和17年3月20日 1942 【郷土版】17年度食料増産のため、郡農会では増産実行共励委員会を開く。 日刊 3面
27 昭和17年4月11日 1942 【実施事項を協議】産業組合常務役員会では11日、白子町産業組合にて協議を行う。 日刊 2面
28 昭和17年5月1日 1942 【郷土版】飯野村出身の故渡邊茂一兵長は2日に凱旋する。 日刊 3面
29 昭和17年5月7日 1942 【河芸の桑皮生産町村別割当決る】5日、河芸郡養蚕業技手と産業組合関係者が参集し、本年度桑皮集荷について協議を行った。 日刊 2面
30 昭和17年6月21日 1942 【郷土版】河芸高女では銃後の増産に協力し、本年2月から6月11日までに延べ人員8890人分の勤労奉仕を行った。 夕刊 2面
31 昭和17年7月7日 1942 【河芸平野で攻防戦】三重高農では6、7日の両日にわたり全校職員、生徒500余名が参加し、河芸郡下で野外演習を挙行する。 日刊 3面
32 昭和17年7月11日 1942 【郷土版】郡中部各国民学校では鍛錬行事として、8月中旬白子町国民学校にて児童相撲大会を行う計画である。 日刊 3面
33 昭和17年7月22日 1942 【郷土版】22日、白子町国民学校にて中部7箇所の国民学校児童初等科5年以上5名ずつが集まり、相撲大会が行われる。 日刊 3面
34 昭和17年11月5日 1942 【郷土版】河芸郡高等女学校の来春卒業生は5、6、7日の3日間明治神宮外苑にて奉仕作業を行い、各神社参拝の後帰校する。 日刊 2面
35 昭和17年11月6日 1942 【各種団体だより】河芸郡翼賛壮年団では軍刀供出運動を行っている。 日刊 4面
36 昭和17年12月20日 1942 【郷土版】鈴鹿市と河芸地方の傷痍軍人分会では勤労奉仕隊を組織し、20日に郷土部隊で奉仕する。 夕刊 2面
37 昭和19年3月19日 1944 【河芸、安濃徴兵検査】河芸、安濃郡内19年度徴兵検査の日程を発表。 日刊 3面
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