1
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昭和13年2月17日
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1938
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【陣中から献金】目下北支戦線で活躍中の白子町出身、眞鍋部隊林部隊大杉市兵衛特務兵から15日白子町長宛に金5円を国防献金として送ってきた。
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夕刊 2面
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2
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昭和13年2月17日
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1938
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【出征勇士の武運を祈願】河芸郡白子町在郷軍人、愛国・国防両婦人会、男女青年団では15日の出征将士の慰問の日に、出征軍人の遺家族を招き祈願祭を執行、また実況を撮影して町出身将兵に送付する。
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日刊 2面
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3
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昭和13年2月18日
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1938
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【石谷部隊へ雑巾送る】河芸郡白子町国防婦人会では各自雑巾2枚づつ作成し、近く石谷部隊に寄付の手続きをする。
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夕刊 2面
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4
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昭和13年3月1日
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1938
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【陸軍記念日大講演会】県国防協会では、3月10日に陸軍記念日を迎え、国民精神の振興と国防観念の強化のため次の日割りで記念大講演会を開催する。8日河芸郡白子町。
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日刊 1面
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5
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昭和13年3月20日
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1938
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【額に汗して童心の献金】河芸郡白子町小学校の児童は早朝氏神に参拝したり、境内の清掃や国防献金などの活動を続けているが、18日伊勢新聞社に感激の国防献金を寄託した。
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夕刊 2面
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6
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昭和13年4月15日
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1938
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【自治制発布記念式に栄光輝く、県下功労者】自治制発布50周年記念式典に内務大臣より表彰される自治功労者に白子町長、箕田村長も選ばれる。
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日刊 1面
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7
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昭和13年5月27日
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1938
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【白子海軍普及会】白子町海軍普及会では27日の海軍記念日を祝い小学校で青年武道会、軍事映画会を開く。
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日刊 3面
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8
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昭和13年6月22日
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1938
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【人口は膨張する 振興の白子町】白子町では最近人口が増加しドシドシ住宅が新築されつつある。住宅建設組合では10月末までに100軒を新築する予定である。
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日刊 2面
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9
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昭和13年6月23日
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1938
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【各字に貯金組】白子町では国策に沿って消費節約を全町民に呼びかけるとともに各字に『国民貯金組合』を設立し、3か年月掛けその他の方法で貯金を積む事となった。
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夕刊 2面
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10
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昭和13年11月2日
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1938
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【銃後の奉仕はモンペイ姿で】愛婦三重県支部では会員のユニホームの一部にモンペイを用いることとなり、白子町をはじめ各分会員に津市の同会支部事務所で講習会を行う。
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日刊 3面
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11
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昭和13年11月13日
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1938
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【学園に代用品 新聞紙で手習い】白子小学校では書方草紙の代用として新聞紙を用い物資節約の国策に沿っている。
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日刊 2面
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12
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昭和14年2月1日
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1939
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【敵地から孝養】白子町出身の南部忠一一等兵は祖父が死去したのを知り、俸給を割いて金5円を送った。
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日刊 3面
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13
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昭和14年2月4日
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1939
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【親子2代6人が聖戦に身を捧ぐ】白子町の在郷軍人分曹長稲穂光太郎氏の家庭では親子に2代6人の軍人を出し、しかも3人の子供が出征している。
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日刊 4面
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14
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昭和14年2月26日
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1939
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【型紙を竹細工に転向】「型紙」製造業は時局により休業状態であり、職工連は生活維持に困難を生じているので、その対策として竹細工を奨励している。
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日刊 2面
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15
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昭和14年3月14日
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1939
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【航空隊の設置で白子は躍進一途】鈴鹿海軍航空隊の新設により白子町は躍動し、住宅・商店街が増えている。
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日刊 2面
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16
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昭和14年4月12日
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1939
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【白子警防団結団式あぐ】10日、警防団の結団式が行われた。
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日刊 2面
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17
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昭和14年4月15日
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1939
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【躍進白子町はまだまだ住宅難】海軍航空隊の開設とともに住宅が増えたが、まだ住宅難のため町営住宅を建てることが決定。
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日刊 2面
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18
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昭和14年4月24日
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1939
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【白子の型紙業者竹の玩具を製作】型紙業者が副業として航空隊に因んだ竹の玩具を製作した。
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日刊 3面
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19
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昭和14年4月28日
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1939
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【銃後に薫る孝女鑑】みとさんは兄の出征後に病床に伏した、母と妹のため毎日氏神に洗足参りをしていた。
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日刊 3面
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20
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昭和14年5月6日
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1939
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【白子の町営住宅】住宅難緩和のための住宅建設計画を町会を収集して附議する。
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日刊 2面
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21
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昭和14年5月7日
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1939
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【白子青年総会】白子青年総会が5日、小学校で開会。退任支団長、模範団員の表彰及び学力テストを行った。
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日刊 2面
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22
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昭和14年7月6日
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1939
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【毎日一軒づつの応召農家の田植え】清子さんは農繁期になると、戦争遺家族の家、応召農家の手伝いをし、甲斐甲斐しく働いている。
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日刊 3面
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23
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昭和14年7月9日
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1939
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【無言の戦士晴れの入隊】分会専属訓練所の終了犬3匹が軍用犬として入隊した。
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日刊 3面
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24
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昭和14年7月11日
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1939
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【集まる銃後の赤誠】岡忠治郎さんは金31円を銃後奉公会へ寄付。
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25
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昭和14年7月15日
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1939
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【白子町営住宅卅戸建設】住宅難を緩和するため、町営住宅を31件建設し、このたび完成した。
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日刊 3面
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26
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昭和14年8月7日
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1939
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【白子濱アパート】白子町に工費6万円で建設中のアパートが近日中に完成する。
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日刊 2面
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27
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昭和14年8月11日
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1939
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【白子町営住宅】町営住宅建築についての会議が行われ、着工は8月、竣工は10月になる見込み。
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夕刊 1面
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28
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昭和14年8月23日
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1939
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【白子の町営住宅】町営住宅の建設に着工するため、27日に入札を行う。
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日刊 3面
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29
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昭和14年10月11日
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1939
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【銃後バザーで慰問袋贈る】白子町の女子青年団が銃後バザーを開催し、売り上げの40円で慰問袋を作成した。
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夕刊 3面
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30
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昭和14年10月19日
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1939
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【白衣勇士に奉仕】白子町女子青年団20数名は榊原陸軍療養所を訪問し、洗濯などを行った。
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日刊 3面
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31
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昭和14年10月19日
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1939
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【白子町警防団】白子町警防団では、近く実施される防空訓練に備え、防護組合員を集めて防火基本訓練を行う。
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日刊 3面
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32
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昭和14年11月25日
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1939
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【型紙化して電気スタンド】特産形地紙は統制経済の余波を受けて不振なので今回照明装飾具び活路を見出そうとしている。
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日刊 3面
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33
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昭和14年12月3日
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1939
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【日本趣味スタンド】不振となっている型紙製作の活路と期待される電気スタンドの装飾のサンプルが好評である。
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日刊 3面
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34
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昭和16年1月3日
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1941
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【三重の乙女】皇軍への慰問として県下女子青年団代表11名より新春の挨拶・感謝の言葉を送る。白子町からは野嶋千代子さん
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日刊 6面
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35
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昭和15年5月3日
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1940
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【兄弟勇士のご奉公】南部義信・輝男君兄弟は同じ2等兵で健気な初年兵ぶりを見せている。
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日刊 3面
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36
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昭和15年5月5日
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1940
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【勤労奉仕で廃池を開墾】白子青年学校の生徒は約3段歩の面積の廃池を開墾した。
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日刊 2面
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37
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昭和15年5月7日
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1940
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【駅舎の新築と急行停車を陳情】鈴鹿航空隊の新設で白子駅の乗降客が急増したため、駅の改築と急行電車の停車を参急本社に陳情する。
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日刊 2面
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38
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昭和16年1月19日
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1941
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【寒風に鍛ふ】白子小学校では13日より5年生以上が早朝から心身鍛錬のため剣道や球技などを行った。
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夕刊 2面
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39
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昭和16年3月26日
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1941
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【献金箱】白子小学校服部君他10名は7円4銭、桐生君他14名5円40銭、竹口さん他数名は4円60銭をそれぞれ国防献金した。
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日刊 3面
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40
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昭和16年5月6日
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1941
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【海洋道場の開設】白子町は伊勢路の観光地と心身鍛錬場として紹介するため保勝鍛錬教会を設置し海洋道場の開設などを行う。
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夕刊 2面
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41
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昭和16年6月29日
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1941
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【共同炊事と田植】白子町、御殿町農家組合は26日から1週間の予定で農繁期の共同炊事・田植を行っている。
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夕刊 2面
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42
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昭和16年8月20日
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1941
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【愛宕山取入れ繁華街を建設】白子町発展策として同町北部の絶景地である愛宕山の付近に住宅地を建設、繁華街を作る計画を進めている。
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夕刊 2面
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43
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昭和16年8月31日
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1941
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【青年団常会】白子町では9月1日の奉公日を期して男女青年常会を新たに組織することとなった。
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日刊 3面
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44
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昭和16年9月3日
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1941
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【執務中は禁煙だ】興亜奉公日を機会に執務中の喫煙、歩行中のくわえ煙草をやめるようまず吏員から模範を示す。
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日刊 3面
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45
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昭和16年9月10日
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1941
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【白子町の鉄類回収運動好成績】鉄回収運動で同町国民学校の門扉等を取り外したが町民も共鳴し火鉢などを任意献納した。
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日刊 3面
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46
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昭和16年9月10日
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1941
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【河芸方面委員総会】本県方面委員連員河芸支部第2回総会を12日白子国民学校で開催する。
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日刊 3面
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47
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昭和16年9月12日
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1941
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【道路直しは私らの手で】白子町の隣組は同町で懸案となっていた道路工事を引受け、近く着工する。
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日刊 3面
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48
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昭和16年9月12日
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1941
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【白子校で模型飛行機の大会】白子町国民学校は20日の航空記念日に高学年の模型飛行機飛翔競技会等を開催する。
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日刊 3面
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49
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昭和16年9月14日
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1941
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【乾草を九百貫】白子町国民学校は今夏心身鍛錬期間に刈り取ったものを乾草として900貫を得た。
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日刊 2面
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50
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昭和16年9月14日
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1941
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【白子青年団行軍】白子町青年分団は15日満州事変記念行事と心身鍛錬のため山へ自転車行軍する。
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日刊 3面
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