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画像
IIIFビューア
ジャンル 和本
資料ID 2013_WA_009
地点番号
地域 台東区
資料名1 墨水遊覧誌
資料名1かな ぼくすいゆうらん し
資料名2
資料名2かな
シリーズ名
英文タイトル
縦・横・厚(cm) 25.4×17.5×0.8
判型
時代 江戸
成立年月日 文政11年(1828)6月
成立年月日終
改印(検印)
作者名 佐原菊塢/編集
作者情報
署名等
発行者名 花屋鋪
版元印
撮影地点・方角
彫師
蔵書印
件名 隅田川 向島百花園
スタンプ
画中文字
展示履歴 「お殿様の上野浅草散歩道 宴遊日記」(2015/12/18~2016/03/16)、「台東区の古代・中世」(2022/06/17~09/11)。
解説 「お殿様の上野浅草散歩道 宴遊日記」:隅田川沿岸の名所を記した地誌。真崎稲荷、橋場総泉寺など、信鴻が訪れた地も紹介されている。著者の佐原菊塢(さはらきくう)は、向島百花園の創設者。
「台東区の古代・中世」:向島百花園の園主、佐原菊塢が編集した隅田川両岸の地誌。展示箇所は、梅若丸墓がある木母寺(墨田区堤通に現存)の項。ここでは寛和2年(986)3月15 日、京都で誘拐された梅若丸がここで力尽きて亡くなったという伝を紹介する。しかし、寺の開基が梅若を祀って貞元2年(977)に建てられた堂に由来することから、この記述には矛盾がある。菊塢は『都鳥考』でも独自に取材してカモメではないとしていることからも、文献・口伝など調べてのことであろうが、その根拠は不明である。(前期)
 展示箇所は、西岸すなわち台東区側の始まりの部分で、「石浜」を立項している。江戸氏の居城としての石浜城を、鎌倉時代に成立した歴史書『吾妻鏡』から引用し、また太田道灌の居城跡の由来を、戦国期の漢詩文集『梅花無尽蔵(ばいかむじんぞう)』から引用、考察している。(後期)
備考 1冊。帙入り。紐切れ。
桃色表紙、卍繋ぎ文。
「墨水遊覧誌 全(元題簽)」「墨水遊覧誌(内題)」
「春秋花庵菊塢撰/墨水遊覧誌/花屋鋪蔵板(見返し)」
「花屋敷花頭陀菊塢編(内題)」
5ウ~7オ 隅田川沿いの名所図あり。
11ウ、丁の切断部分あり。
書込み
宛名面情報
権利関係 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。
詳しくは利用規定をご覧ください。
形態に関する注記 刊写:刊本
形態:冊
様式:刊本
色:モノクロ
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