ジャンル
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和本
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資料ID
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2015_WA_005
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地点番号
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地域
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浅草
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資料名1
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俳諧浅草名所一覧
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資料名1かな
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はいかいあさくさめいしょいちらん
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資料名2
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資料名2かな
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シリーズ名
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英文タイトル
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縦・横・厚(cm)
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18.2×12.1×1.4
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判型
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時代
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江戸
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成立年月日
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安政5年(1858)春
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成立年月日終
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改印(検印)
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作者名
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桂心居貞之/編集 遅日庵不老/撰
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作者情報
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署名等
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発行者名
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篤尚堂
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版元印
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撮影地点・方角
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彫師
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蔵書印
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件名
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浅草
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スタンプ
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画中文字
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展示履歴
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「郷土・資料調査室ってどんなところ?Ⅱ」(2018/03/16~06/17)、「『藤岡屋日記』の世界」(2018/06/22~09/17)、「外国人が見た台東区」(2020/06/19~09/13)、「台東区の古代・中世」(2022/06/17~09/11)、「地誌の見方・調べ方」(2025/02/21~06/15)。
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解説
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「郷土・資料調査室ってどんなところ?Ⅱ」:幕末の江戸の地誌。彩色図の挿絵と俳諧が多く掲載されるのが特徴である。図は、歌川広重、歌川国芳など浮世絵師のほか、戯作者・笠亭仙果(りゅうていせんか)などが描いた。名所として選ばれたのは、浅草寺や吉原など台東区の風景が多い。展示箇所は、浮世絵にも見られる吉原の夜桜の景で、「夜桜略図/廣重筆」とある。本書が刊行された安政5年(1858)10月に広重はコレラにより死亡しているので、最晩年の作となる。
「『藤岡屋日記』の世界」:幕末の江戸の地誌。展示箇所は、「浅草御見附際茅町古図 日高」とある、浅草茅町にあった絵馬屋「日高屋」の図である。刊行当時の店構えでなく、貞享4年(1687)刊『江戸鹿子』に「浅草見附を出るに小橋あり。夫を渡りて左右に道あり。是を茅町といふ。造花師、人形屋、絵馬屋などこれあり。」と描写された時代を描いた。そのため江戸中期以降は市中で禁じられた、萱葺きの屋根を持つ建物になっている。
「外国人が見た台東区」:幕末の江戸の地誌。展示箇所は、「奥山花屋舗」とあり、築山とよしず張りの茶屋をクローズアップして描き、人工的な庭園の雰囲気は皆無である。絵師は「一梅斎芳晴」すなわち国芳の門人、歌川芳春で、明治時代に活躍した浮世絵師。幕末まで浅草茅町に住んでいた。別の箇所には、「嘉永年中此地草木四季の花を開き、眺望ことに二三月頃人群集す」として、花屋敷内の料理屋「新昇亭」にて詠まれた和歌1首と俳諧14句が記されている。
「台東区の古代・中世」:幕末の江戸の地誌。彩色図の挿絵と俳諧が多く掲載される。展示箇所は、歌川国芳が描く隅田川における観音示現図。国貞や広重が描いた浮世絵と同じく水中から光りを発している様が描かれている。(前期)
展示箇所は、歌川国芳描く浅茅が原の風景。「八景之内 浅茅原晴嵐」とあり、浅草八景の一つとしてここの風景が選ばれている。中央の地蔵尊は「お化け地蔵」と呼ばれ、橋場二丁目松吟寺境内に現存する。明治41 年(1908)刊『新撰東京名所図会』には、明治維新の際に松林を伐採し総泉寺入口に移転したとある。その総泉寺も関東大震災後板橋区に移転し、平賀源内墓(国史跡)ほか2、3の石造物を残すのみである。(中期)
「地誌の見方・調べ方」:幕末の江戸の地誌。複数人による彩色図の挿絵と俳諧が多く掲載されるのが特徴。桂心居貞之・遅日庵不老ともに俳人。貞之は不老の門人。
【八景之内 真土山之秋之月】 展示箇所は待乳山聖天を描く。タイトルのように「真土山」と表記されることも多く、高台が少ない浅草付近では最も高い位置にあり、ここからの景観が名所化していた。近江八景のうち「石山の秋月」つまり長い石段で有名な石山寺の景色になぞらえている。これとは別に待乳山聖天は、「隅田川八景」の内の一つ、「待乳山晴嵐」として近江八景の「粟田の晴嵐」になぞらえている史料(『江戸名所花暦』など)もある。水辺(隅田川・山谷堀)に面し、高所に位置し、創立が古い、と名所要素が豊富であるため、地誌における登場率は高い。
【新吉原】 展示箇所は、浮世絵にもよく描かれた吉原の夜桜の景で、左下に「夜桜略画/廣重筆」との落款がある。本書が刊行された年の10 月に広重はコレラにより死亡しているので、最晩年の作となる。
本図の次の丁には、吉原を主題にした俳諧が並べられているが、この冒頭に「此廓之事は皆知る所なれば略」と記し、他の地域がわずか2行程度でも地名や由来など地誌情報を記すのに対し、説明するまでもないと省いている。図にしても多くは語らず、夜桜であることを強調するのみで、花魁道中を示す揃いの傘も描かれていない。
【八景之内 日本堤暮雪】 展示箇所は、日本堤の暮雪(夕暮れ時に降る雪)の景色。戯作者・狂歌師である笠亭仙果が描き、近江八景の「比良の暮雪」をなぞらえている。右下には「六十余州」60 余りの国、つまり「日本全国」の大名が造成したとある説と、「六十余」日をかけて造成された堤なので「日本堤」であるという2説が掲げられている。
仙果は、本書の序も寄せており、そこには自身が浅草に由縁深いことを述べており、本書刊行の翌年には浅草堀田原(現、寿2丁目付近)に居を構えている。
【千束 金龍山裏田圃一円千束村】 展示箇所は、吉原の北に当たる千束。文中に「八景の内/落雁」と題され、「ゆるか手に千束の里を詠むときはなわしろに田におつる雁かね」と編者桂心居貞之の歌が記される。近江八景の堅田落雁になぞらえているのは明白で、浅草寺裏田圃に群れて降りる雁の姿が描かれている。右端に描かれているのは、浅草寺本堂の屋根であろう。
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備考
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1冊。「[遅日庵不老撰/無為庵左波閲 桂心居貞之編/俳諧浅草名所一覧/諸名画文筆 書林 篤尚堂梓(見返し)」 「丁巳冬日 空翠左波「霜[イン]」(楕円印)(序)」 「法眼薫斎正録「法眼/盛義」(方印)(題)」 「秋巌真逸題「秋巌」(長方印)(題)」 「貞之/由義分「由」(方印)「義」(方印)(序)」 「笠亭仙果「仙/果」(方印)(序)」 「安政五年卯月 玉廼家一求「壱求」(白瓢箪長方印)(跋)」 「武江舌漢師/錦龍斎/貞綾(跋)」 「出日安政戊午春弥生 応需/金水漁父題并書「松/亭」(方印)(跋)」
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書込み
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宛名面情報
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権利関係
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 この 作品 はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。 詳しくは利用規定をご覧ください。
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形態に関する注記
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刊写:刊本 形態:冊 様式:刊本 色:モノクロ
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