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画像
IIIFビューア
ジャンル 和本
資料ID 2018_WA_009
地点番号
地域 上野公園
資料名1 絵本江戸土産 五編
資料名1かな えほんえどみやげ ごへん
資料名2
資料名2かな
シリーズ名
英文タイトル
縦・横・厚(cm) 18.1×12.2×0.9
判型
時代 江戸
成立年月日 刊年不明
成立年月日終
改印(検印)
作者名 松亭金水/編
歌川広重(初代)/画
作者情報
署名等
発行者名 菊屋幸三郎
版元印
撮影地点・方角
彫師
蔵書印 「N□69/Hiroshige/D 6Vol.(表紙、蔵書票)」、「あつぺる〇じようじゆ/G.A.(朱文円印、前見返し)」、「アツペール.(朱文円印、巻末)」、
件名 鷽 繭玉 上野黒門 三橋 山王山 清水堂 寛永寺 花見 擂鉢山 瑠璃殿 根本中堂 常行堂 法華堂 池之端 料理屋 東叡山 不忍池 中之島 弁財天 弁天 弁才天 谷中天王寺 五重塔 感応寺 根岸 音無川 石神井用水 清凉香
スタンプ
画中文字
展示履歴 「絵本江戸土産~広重が描いた台東区~」(2021/09/17~12/12)、「塔」(2022/03/18~6/12)、「日記が語る台東区10 花見の日記」(2023/12/22~2024/03/17)。
解説 「絵本江戸土産~広重が描いた台東区~」:【其二 不忍之池全図中島弁天之社】四季を通じて多くの人々で賑わう不忍池は、江戸時代から景勝地として知られていた。詞書には「池中紅白の蓮華を開きて、夏月の奇観双ぶかたなし。中島の弁財天、廻りに数多(あまた)の酒楼(さかや)あり。春は台嶺の花を眺望(ながめ)、秋は湖上の月に興あり。冬は鴻鴈(こうがん)蠅のごとく水に戯ぶれ、浪に遊ぶ。なかんづく、雪中の景、実に風流の勝地なり」とある。【其三 清水堂花見】清水観音堂は寛永8年(1631)に京都の清水寺を模して建てられた舞台造りのお堂である。上野の山に現存する創建年時の明確な最古の建造物で、国の重要文化財に指定されている。上野の山は江戸時代から桜の名所として知られていた。詞書には「彼岸桜の大木数十株ありて、春時の一奇観更に雲のごとく、雪に似たり」とある。【其五】詞書には「山門を入りて正面に橋掛かりあり(中略)この橋掛かりの左右なるを法華堂(ほっけどう)・常行堂(じょうぎょうどう)といふ」とある。法華堂・常行堂とは、入母屋造(いりもやづくり)の同形の仏堂2棟を左右に並べ、その間を屋根付きの高廊下でつないだもの。江戸時代、参詣者はここを通り根本中堂へ参詣していた。
「塔」:【谷中天王寺】詞書には「元これを感応寺といふ 文政の頃にや寺号を改めたり(中略)浅黄桜(あさぎざくら)と称するもの五層の塔の前にあり(以下略)」とある。 谷中天王寺はもとは長耀山感応寺と号した日蓮宗の寺院だったが、幕府より天台宗への宗旨替えを命じられ、のちに再び日蓮宗に戻すよう命じられた。その際、輪王寺宮舜仁(しゅんにん)親王が改宗命令の撤回を要求し、感応寺は天台宗のまま存続する代わりに「護国山天王寺」と改称した。「日記が語る台東区10 花見の日記」:【谷中天王寺】詞書には「元これを感応寺といふ 文政の頃にや寺号を改めたり。境内桜多くして其梢繁く色を争そふ。浅黄桜(あさぎざくら)と称するもの、五層の塔の前にあり。春時満開のとき樹下に来れば花の帳(とばり)に坐するが如くまた仙境の思ひをなせり」とある。詞書のとおり天王寺の桜では、浅黄桜が有名であった。図では浅黄桜がどれか判明しないが、通常の桜と枝垂れ桜の描き分けもされており、床几に腰掛け花見の風景が主題だとよくわかる。
備考 5編のみ1冊。
元題簽。「絵本江戸みやけ五編/廣重筆/金幸堂梓(前見返し)」「江戸みやげ五編叙「村田(黒文円印)」「米良(黒文円印)」(中略)金水陳人誌「松/亭(黒文方印)」(序)」「春風や往来賑はじ魚市場 煙浦(口絵)」「靏の啼しかたからとけて薄こほり 煙浦/廣重筆「一立齋(朱文長方印)」(巻末)」「(奥付)」「清凉香(すゞしかう)(中略)江戸賣弘所 馬喰町二丁目 菊屋幸三郎(後ろ見返し、広告)」
書込み 「gg(青鉛筆書、題簽)」、「Hiroshighe D(鉛筆書、前見返し)」、「№200(裏表紙、貼紙)」
宛名面情報
権利関係 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。
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形態に関する注記 刊写:刊本
形態:冊
様式:刊本
色:カラー
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