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解題・説明
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南に屋敷地が拡大した際の絵図である。文化15年2月16日、従来の敷地の南側に、東西81間余・南北22間余の土地を添地として拝領して、1,839坪余の敷地が増えた。色分けを見ると、表向き・表次向き・中奥向き・奥向きといった通常の区分の他に、御方住居向きと若殿様奥表向きがあり、興味深い。津山松平家は享保11年に5万石となっていたが、文化14年に将軍家から養子を迎えたのを機に10万石に戻っており、養子の銀之助もほぼ同時に鍛冶橋屋敷に移っている。この屋敷地の拝領は、こうしたことが背景にあると考えられ、となると、若殿様とは将軍家から迎えた銀之助であると思われる。
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